短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
それでも元気にしています

染色体異常に加えて、難病にかかっているらしいとわかった娘が生まれたのは一月二十三日。
帝王切開の直後、横たわったままの私に向かって先生たちが
「おめでとうございます」
「誕生日はワンツースリーです、覚えやすいですよ」
と楽しくお祝いの言葉をくれた。

娘が死んだのは翌日の夜。
難病自体は治りつつあったのに、肺が硬くなっていて呼吸ができず、生き続けることができなかったのだ。
自力で病気を治していき、生まれて二日間生きた娘のことを夫と一緒に褒めたたえた。がんばり屋さんの強い子だ、と。

それでも、娘を看取った後で病院の個室に入り、誰も彼もが立ち去って娘の遺体とふたりきりになると、たまらなくなってごうと泣いた。
泣きながら、大人でもこんなに声があげられるものなのか、と薄く思い、また声をあげた。でもじきに息が続かなくなり、疲れて声が出なくなった。

そのとき、離れた病室から、よその赤ちゃんの声が聞こえてきたのだ。
びえーうーーあーーーー!
止むどころかどんどん大きくなっていくその声に、こちらも泣きながら感心をする。大人の私が続かなかった泣き声を、あれだけあげ続けられるなんてすごいことだ。何が違うのかしら腹筋かしら。泣き止まないとお母さんは大変そうだけど、ちびっこいのに体力あるなあ。
死んでしまった娘を抱えて泣いているのに、そんなことを考えている自分がおかしくて、少し笑った。また涙が出た。

その晩は泣きすぎたのか、涙の塩分にやられて目の周りの皮が薄く剥けた。肌に悪そうなナチュラルピーリングだ。
まぶたはぼってりと腫れ上がって、かっこ悪いことこのうえない。産後のむくみも手伝って、しまいには眼球までがごろごろと腫れてしまった。

生まれて以来、娘にみっともない姿ばかり見せているのが情けなくて、ぼさぼさ頭でアンパンマンのように丸い顔のまま、
「ブサママでごめんね」
とベッド脇に横たえられた娘に向かって言うと、「そんなことないですよう」とたまたまそばにいた看護師さんがフォローしてくれた。よくこのぼさぼさアンパンマンに、そんなことを言ってくれたものだ。産後に分泌された女性ホルモンにナチュラルハイにされていたせいか、ついつい
「美ママになるからー」
とつけ加えると、看護師さんは平坦な顔になり、黙ってしまった。
さっきまで泣いていたのにずれたことを言い出したので、どうやら対応に困ってしまったらしい。

退院後、娘のことをお知らせしたときに、さまざまな方から労わりの言葉をいただいた。どなたからも日々泣き暮らしていると思われているようで、少し申し訳なく思う。

悲しみの合間合間には、日常が入り込む。
出生届を見て喜んだり、一週間ぶりの便秘が治って拍手したり、看護師さんたちが娘に作ってくれた折り紙に微笑んだり、食べながら眠ってしまったり、壁に「桃佳」と書いた紙を張って笑顔で命名をお祝いしたり、ひな祭りの計画を立てたり。
声をあげて泣くこともある。それでも娘や夫との生活が再びはじまった分、悲しみだけに浸かりきることはできないのだ。

悲しいです。それでも元気にしています。
今の自分を伝えるとしたら、そんな言葉がちょうどいい。
娘と一緒に、夫とともに、少しずつそんな日常に戻る。戻っていく。


  立春。そこいらじゅうに春が立ち、立ち尽くしては立ちいたるとき   オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。
「歌人集団かばんの会」会員。
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