短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
食べる

十一日。うちが大きく揺れた。
最初は「お、地震」と思ったけれど、揺れは一向におさまる気配がなくて、それどころか少しずつ大きくなっていった。

「やばいやばいやばい」
と口から言葉が漏れだして、とりあえず玄関のドアと部屋の戸を開け放ち、ウサギをケージから出して抱き上げた。いつもは胸に抱きかかえられるのを嫌がるウサギも、前足で胸にしがみついてきた。
関東大震災、という言葉が頭をよぎってから、死ぬかも、と思い、いやウサギがかわいそうだから生きよう、とウサギの背中をなでる。
どこにいればいいかわからなくて、とりあえず物の崩れてくる心配のないトイレの中に、戸を開け放したまま座り込んだ。その頃にはほかの部屋から本やCDが崩れて家具の倒れる音、食器が割れる音が響き出した。
やがて、揺れは止んだ。
それでも、手の震えは止まらなかった。

大きく揺れたのはマンションの耐震構造のせいだったのか、東京の我が家では水道も電気もガスも通じていたけれど、繰り返す余震の中で手の込んだご飯を作る気にはならなかった。テレビの中では津波の報道が流れ始めた。こんなときこそしっかり食べて落ちつかないと、と、仙台で夫が買ってきた牛タンを焼いた。
牛タンはいつも通りの味で、奇妙な気分になった。それでも美味しかった。

十九日。
Twitterで、今日はカレーを作る人が多いね、という話題になる。我が家はハッシュドビーフだったけれど、煮込み料理という点では同じだ。
そういえばライフラインに問題がないというのに、なんとなくこの1週間は焼き物や炒め物など、短時間で作れる料理が多かった。長野や静岡でも大きな地震があったから、そのまま関東地方にも大きな地震が来そうな気がして、料理に時間をかけられなかったのだ。
時間をかけてくつくつ煮込む心の余裕ができてきたのかもね、と話す。
ハッシュドビーフは、ルーを使ったので普通の味。でも、肉好きの夫が喜んで食べてくれた。

二十五日、友だちが転勤で東京を離れることになったので、少人数で送別会をした。
友だちのおすすめの秋田料理店へ入ると、夜の八時ころというのに客が一人もいない。
「やっぱりお客さんが減ってるのかな」
と心配になって言うと、
「ここはいつもこんな感じですよ。近くの劇場が終わって打上げに使う場所だから」
と友だちに言われて、ほっとする。

頼んだきりたんぽ鍋には、スーパーでは見たことのない厚くて大振りの舞茸や、東北のしっかりとしたセリが用意されていて、いかにも美味しそう。汁も旨みたっぷりで、小鉢によそう端から飲み干してしまう。
美味しい美味しいとうめいている間、カウンターに置かれたラジオからは
「20〜30キロ圏内にお住まいの方は避難を……」
という枝野官房長官の声が聞こえてくる。
何このSFみたいな設定、と、もぐもぐ口を動かしながら思う。うん、これは現実だけどさ。

三十一日。
原発のせいで、東京はまだ落ち着かない感じ。放射性物質が心配で一時的に東京を離れる、と幼い子どものいる友だちからメールも届いた。
ネットニュースで、いつもはお昼時に行列ができる中華料理店が地震のせいですいていると知って、友だちを誘って食べに行った。美味しいお店は続いてもらわなくちゃ困る。

実際に行ってみると、すいているはずの店の前には三人のサラリーマンが並んでいた。それでも五分程度で入れたのだから、いつもよりはお客さんが少ないのかも。
頼んだのは、ここの名物料理のちゃんぽん。新鮮そうな野菜や肉、海老が乗っていていかにも美味しそう。
汁をすすると、今まで食べたちゃんぽんよりもすっきりとした味でコクもたっぷりある。
「美味しいねえ」
「ちゃんぽんの麺って真っすぐで、独特で面白いねえ」
と言い合い、友だちの実家の被災状況を聞きながら、ずるずると食べる。
体が温まった、と友だちが呟く。

花粉症のせいで敏感になっている鼻がくすぐったくなったので、店を出てから鼻をぢーん、とかんだ。ちゃんぽんの味を思い返しながら通りの向こうを見ると、神社の入り口に桜がぽつぽつと咲いている。
容赦なく二十日が過ぎて、春がやってきている。東北も今日は暖かいといいな、と思い、くしゃみをする。

  日常に近づくように噛み締める余震の中のご飯は甘い  オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。
「歌人集団かばんの会」会員。
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