短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
雨水のころ

「ねえ、季節っていつの間にか変わっちゃうよね」
と言ったら、「そんなことないよ!」と友だちに強く否定されました。
「空を見たらわかるよ。季節が変われば、雲のかたちも空の色も変わるんだよ!」
友だちは海のそばで育った人。子どもの頃から海の上に広がる空を、繰り返し、繰り返し見てきたんでしょう。
誰に教えてもらわなくてもわかる、春夏秋冬と変わっていく空。
その空とつながっている、日々の生活。

美しいなあ、と思ったのだけれど、残念ながら小さな家が肩を寄せ合う町に暮らしていると、空を眺める機会は少ないのです。
家と家の間から見えるのは家。見上げると、よその家の2階が見えてしまって、つい目線は地上に戻ってしまう。
朝起きてカーテンを開けるたび、晴れた曇った青い暗い空だ、と毎日思ってはいるのだけれど。

私が季節の移り変わりを感じるのは、たとえば
花粉のせいでかすかにひりつく鼻。
突然生え変わり始める、ペットのうさぎの毛。
ヒーターなしでも暖かい日差し。
だんだんと遅くなっていく日暮れ時。
水仕事をしてもつらくならない、水道水の温度。
焼きあがったパンのふくらみ具合。
こうして並べると生活感でいっぱいだけれど、そういう暮らし方をしているんだからしょうがない。いえ、もうひとつだけ、生活感とは違うものがありました。
それは、もののけの気配。

数日前、全身毛だらけなのに顔だけは無毛でつるりとしていて、白目がちで小粒の丸い目をして、か細い手足のついた奇妙な生き物が我が家のリビングにいたのです。
あ、うちのペットだ、と思い、
「リルちゃん、ペレット食べる?」
と、うさぎの名前を呼びながらペレットを差し出すと、その生き物は2本足で立ちひょろひょろと寄ってきて、ペレットを細い両手で掴むと、めりめりとむさぼりました。
あまりかわいくない、むしろ不気味さの漂うその姿を見て、
あれ、リルちゃんこんな顔だっけ……。
あ、いいのか……。
いや、でも、
と迷い始めたところで、まるで「私はこっち」と言うように、うさぎのリルが背中をつんとつついて目が覚めました。
夢でした。ずいぶんと、リアルな。リアルすぎるような、夢。

気温と湿度が少し上がると、こういうことが起こり始めます。
地中から這い出る虫たちのように、心の中のもののけたちもほぐれ始めるのでしょう。
雪が何度か降って、それが溶けるたびに少し暖かくなって、また急に冷え込んで、前に進みゆり戻りしながら、季節が変わっていきます。樹の枝先も少しやわらいで、芽が出る日も近そう。
もののけも、空も、人も、けものも、草木も。おはよう。春が来るのです。

  サーカスのキリンの脊椎骨よりも連なりゆくのだ僕らの日々は  オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。
「歌人集団かばんの会」会員。
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