短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
茶わんを割った

時々、キッチンで怪我をしたり、ものを壊してしまう。
タマネギを刻んでいたらその下になぜか自分の指があってザクリ、とか、
嫌なにおいがすると思ったら火が強すぎて鍋の取っ手が溶け出していた、とか、
沸かした湯の入った鍋をざんぶりと足にこぼして火傷、とか。

壊れてしまったものは悲しい。怪我をしてしまうことは苦しい。
気を抜いたことのお仕置きのように、苦しくて悲しいことは襲い掛かってくる。

と、思っていたのだ。今朝までは。

今朝、茶わんをパリンと割った。
あ、ううん、割るつもりはもちろんなかったのだけれど手が滑って、するんと茶わんが手から離れて、茶わんの落ちた先はキッチンマットの上で、あ、大丈夫かも、と思ったのに、それでも、
きれいに、茶わんは割れてしまった。

こなごな。

びっくりした。
しまったと思った。
怖いって思って、胸がきゅうっとして、苦しくなって、
それと同時に、それはそれは自由な心地に、なった。

破壊衝動や暴力性とは違う。
茶わんという、小さくて白くて固まっていたものが、一瞬のうちに目の前でぱあっと散った。鋭く小さく、いくつもの欠片となった。ただそのことが、気持ちが解き放たれていく過程のようで、たいそう心地よかったのだ。
ひょっとしてわざと茶わんを割ったんじゃないかと、自分を疑ってしまったほどに。

本当は、わざと割ったのかもしれない。
わざとじゃなかったのかもしれない。
どちらでも、もういい。どっちの説明も後付けで、そんな理由を考える間もなく、出来事は一気に起こってしまったのだから。

自由な心地は、幸福感は、思わぬところからやってくる。
宙に放り出された茶わんのように、次に何が起こるのか、誰にだってわからない。

  坂道を登り切ったらキンポウゲ、ハローと言わんばかりに咲いて  オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。 「歌人集団かばんの会」会員。


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