短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
ある夕暮れ

商店街の灯りがいっせいに点いた。丸いぼんぼりのような街灯が、通りの奥の奥のほうまで、ほんのり黄色い光を放つ。
いくぶん残っていた空の光は徐々にしなびて、電灯の下の陰影がゆっくり濃くなっていく。
その下には、夕飯の材料を買いに来た人、学校帰りの高校生、早く仕事が終わったスーツ姿の人、犬の散歩中の人、それぞれの事情でここにいる人たちが、明るく暗く照らされて、商店街を行きつ戻りつする。

蛍光灯に照らされた明るい店の前で、八百屋のおじさんが声を上げだした。ヘイラッシャイ今日ハダイコンガ安イヨ、イッポンタッタノ八十エンダヨ。キャベツモイイヨ、美味シイヨ。今日モオ仕事オ疲レサンダネ、元気ヅケニ茄子ナンテドウダイ、今ガ旬ダヨ体ニイイヨ、ヘイラッシャイイラッシャイ。

野菜たちは電灯の下で、幻のようにつやつや輝く。目を細めて店を、人を眺めながら、肉は昨日買ったのがあるからいいよね、野菜のいくつか、コーヒーの粉、ついでに鯛焼きなんて買っちゃおう、と買い物を済ませていく。手にはいくつかのビニール袋をぶら下げて、家へ向かってのんびり歩く。

住宅街に入ったところで、あたりはいっそう暗くなった。あちこちからどっと、匂いが押し寄せてくる。
お寺の中からは、甘いなにかの花の匂い。隣の家の前からは、野菜を炒める匂いとおみそ汁の匂い。その横の家からは醤油と味醂の煮える匂い。リードに繋がれて散歩中の犬が、ひこひこと鼻を動かしながら、私の横を通っていく。
いい匂いだね、美味しそうだね。くるりと丸まった犬のしっぽを見送りながら、人間もひこひこと空気を吸い込む。

今晩は何をつくろうか。ご飯を炊いて野菜を煮て、肉は少しピリ辛にしあげたら夫が喜ぶかな。つやのいい茄子も買ったから、とろりと焼いて出してみようか。
そうしたら今晩は、

肉を食べて野菜を食べてご飯を食べて、ふう、と息をついて、
お茶を飲んで家族としゃべってうさぎと遊んで
お風呂に入って歯を磨いて、
最後、ぬくぬくの布団に潜り込むだけ。
目を閉じれば、眠りがやってくるだけ。

そんなことを考えていたら、何か慕わしい気分になった。帰りたいな、帰りたくないな。相反することを思いながら、足はひたひたうちへと向かう。うちはたったひとつだし、ごはんの支度も待っているから。

うちの鍵を開けて灯りをつけると、窓の外はすっかり暗い。
夕暮れは終わって、ここからは夜。昨日の風景をなぞるように、また新しく、一日が終わっていく。

   <のすたるじあのすたるじあ>と唱えれば部屋いちめんに逆立つ夕日 オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。 「歌人集団かばんの会」会員。


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