短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
双葉

「いつまでも元のままではおれんに」
というのが、去年の1月、最後に祖母から聞いた言葉。

休みを取って見舞いに行くと、病室の隅にはげっそりと痩せ細って人相の変わった祖母がいた。驚いて「どうしてこんな」と泣く母に向かって、祖母がつぶやいたのが冒頭の言葉だ。
いつまでも元のままではいられないんだよ、という意味。
一週間後、その言葉のとおりに祖母は息を引き取った。

葬儀は悲しむための儀式だと聞いたことがある。でも、少なくとも親族にとってはそんなものじゃなかった。
通夜は祖母宅で行われた。早朝に家を飛び出し、祖母宅について着替えたとたん、お茶や食べ物の支度が待っていた。給仕にいけば挨拶がてら知らない人の噂話を聞かされ、台所に引っ込んだ後も皿洗いが待っている。茶わんを洗って水滴をぬぐうと、また次の洗い物が運ばれてくる。「ほらお客さんが来たよ」と見知らぬ親族がお茶を要求し、お茶を出せば横から「お代わりちょうだい」と茶わんが突きつけられる。

畳の間に座り込んで話し込む年寄りたちの間で、わたしと従妹だけがくるくると動き回る。
足はぱんぱんに張り、頭は疲れてぼんやりしてくる。
それでも動いているうちに通夜も葬儀も進んでゆき、死者は儀礼どおりに送られていった。
人々が帰った後の焼き場の駐車場はだだっ広くて、あー、終わっちゃったな、と思った。

深夜に自宅に戻ると、佐賀の若い知人の訃報が待っていた。
通夜と葬儀があったのは祖母と同じ日だったそうで、そうと知っていたら電報くらいは送ったのに、と後に知人にこぼしたら、
「オカザキさん、大変そうだったから連絡しなかったんだよ」
と気の毒そうに言われてしまった。なるほどそうだったんですかははは、どうもご配慮、ありがとうございました。
まあね、もうね、終わっちゃったものは、どうしようもないしね。

誰かの死後、残された者のもとにやってくるのは、やはり悲しむ機会ではない。バタバタだ。
正しかろうと正しくなかろうと、その場で判断を下されて、死者は送り出されていく。
「いつまでも元のままではおれんに」と祖母がつぶやく。バタバタバタバタ。
まあ、急げば手ぐらいは振れるかもしれない。

昨年はやけに訃報が続いた。親戚に知人、尊敬する人が次々に世を去っていった。
生きとし生ける者、みんないつかは死んでいく。生き物だもの、仕方がないよね。そう肩を落としていたら、今年に入ってから訃報はぱたりと止んだ。
入れ替わるように入り始めたのが、妊娠や出産の連絡だ。

ある偲ぶ会に一緒に参加した若い友人からは、子どもが生まれたとウェブ日記で知らせがあった。偲ぶ会の後に芽生えたお子さんだ。
20数年来の友人からは、二人目妊娠中のお知らせ。三十代後半だけどがんばる、との文章が添えられていた。
そうだった。死ぬ人がいるように、生まれる人もいたのだった。

「いつまでも元のままではおれんに」と祖母がつぶやく。
ほぎゃあ、と赤ん坊の声が聞こえる。

誰ひとりとして、元のままではおれん。
おれんまま、私たちは生まれたり生んだり死んだり、していくらしい。留まることはない。

   こわさないようにそぉっと。新しいふたばが世界に喰い込んでゆく オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。 「歌人集団かばんの会」会員。


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