短歌の純響社

ぽぽぽ式アラ川通信
これは小鳥。

姪に初めて会ったのは、彼女が一歳三ヵ月のとき。
それ以前から、彼女が生まれたことは知っていたけれど、兄一家はアメリカで暮らしていて、遊びに行くまで姪に会うことができなかったのだ。

その日、見たことのない私にはにかんで、ソファの後ろに隠れた彼女が、ひょっこり顔をのぞかせたので、
「ばぁ!」
と声をかけてみた。
すると、彼女はにっかり笑ってみせてから、
「ばぁ! ばぁ!」
と、自分でも口にしながら、顔を出しては引っ込めて、そのうち
「カックン!」
と韓国語でも叫んで笑った。
父親である兄によれば、いないいないばぁをするときは「ばぁ」で始まって、気分がのると「カックン」になる、のだそう。
「英語でPeek-A-Booは言わないの?」
「自分では言わないね。保育園で意味は覚えたみたいだけど」。
日本語も韓国語も英語も、少しずつ一緒に吸収していた時期だったから、同じような意味をもった「ばぁ」「カックン」「ピーカブー」にも、彼女なりのルールがあったんだろう。

覚え初めの言葉は、全部が正しいわけじゃない。たとえば、Baby。
朝、保育園へ行くために車に乗り込んだ彼女に向かって、玄関から「ばいばーい」と手を振ると、彼女もベビーシートから手を振り返して、
「ベイビ〜」
と元気に叫んだ。
おお、言われてみれば、バイとベイビーはなんだか少し似ているよ。

さらにその翌晩には、私が連れていったボーイフレンドを指差して、いきなり
「ベイビー!」
と宣言をした。
当時、ボーイフレンドの年齢は三十すぎ。ベイビー=赤ちゃんからは程遠いお年頃だ。
おかげでその場にいたみんなは笑い出し、兄に
「ベイビーは君だ!」
とツッコミを入れられると、彼女もけろけろと笑ってみせた。

そんな姪っこや兄夫婦と一緒に、週末、隣り町の歴史館へ出かけてみた。大昔の家具や町の歴史を語る本、古い洋服、芸術品が置かれた、小さな小さな建物だ。
ある部屋の真ん中には、小さな鳥の像が展示されていた。鳥の像の前にたたずみ、じっと見上げる姪を見て、係員はにっこりほほえみ、
「This is a bird(これは鳥よ)」
と教えてくれた。そのとたん、姪っこの目はぴかぴかと光って、
「bird!」
と大声でまねをした。

「bird!」
「バー!」
「bird!」
うれしそうに繰り返しながら、部屋を飛び出していく彼女。
言葉をひとつ、覚えたのだ。

そう、それは小鳥。birdだよ。
翼を広げて空を飛ぶ、あの生き物たちはみんな、birdという名前なんだ。

あいまいなものを言葉でつかむということは、かゆいところに手が届くみたいなものなのかな。少なくとも、とても心地いいことなんだと思う。
だって帰りの車の中でも、彼女はずっと、
「bird, bird」
と笑顔で繰り返していたんだもの。
言葉を知るってこんなにも、幸せなことだったんだね。

   あれ、くじら。幼い指の差すままにたどれば青い空へと至る オカザキなを


オカザキなを 歌人。 1972年、東京の隅っこに生まれる。 「歌人集団かばんの会」会員。


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