短歌の純響社

短歌入門 さいかち真
短歌入門第6回 自分を育てる工夫

 少し書き方を変えてみようと思う。

 私は能力というのは、そのほとんどが工夫する才能のことなのではないかと思っている。勉強ができる人は、必ず自分に合った勉強の仕方の工夫ができる人である。

  さて、一人で取り組む時間が長い勉強とちがって、仕事の場合は、他人やモノと関係する時間が長くなる。それでも、他人やモノと関係することについて上手に工夫できる人は、仕事ができるはずである。勉強や仕事にマニュアルというものはあるが、これは先人の工夫の積み重ねと言ってよいものである。

  創作行為には、自分に合った工夫が必要だ。
  イギリスの詩人のW・H・オーデンに「詩人の学校」というアイディアがあった。これは、将来詩人となり得るような言語的な専門能力を持った若者を育てる教育プログラムを持った学校の構想である。いま思い出したが、ドイツの作家のミヒャエル・エンデが通った学校には、その「詩人の学校」的な性格があったと思う。現実にはそんな能力を育ててくれるプログラムは存在しないわけだから、自分で課題を作って工夫してみるしかない。

  実は私はこの一年ほど、発想法や、発明研究、思考の方法、文章の書き方、物の考え方などに関する本を古書店で意識的に買うことにしているのである。どれもたいてい百円で安く手に入る。これに健康法や脳トレーニングの本を加えると、こういう頭と体の使い方に関する本の点数は膨大なものである。

  こういう本は、一つでも使える内容があったらそれでいい。齋藤孝、養老孟、内田樹、など、売れたものは売れたなりに理由がある。本に振り回されるのではなく、本を使うつもりで読み飛ばせばいいのである。
 
  短歌を作ることに直接関係はないかもしれないが、発想を鍛えることがすべての基本だと私は思う。いろいろなことに興味を持って、知識を通過させていれば残るものは残る。いま手元にあるものだと、正直だなと思ったのが、手塚真『ヴィジュアル時代の発想法』(集英社新書)で、ぱらぱらめくっていて気持ちがいい。この人のすすめる方法は詩歌人向きだと思う。 長谷川宏『いまこそ読みたい哲学の名著』(光文社文庫)も倉庫から持って来て拾い読みしてみたらなかなか楽しい。知への誠意と熱意というものを感じることができる。

  最近の一番のおすすめは、まだ店頭にあると思うが、村上春樹へのロング・インタヴューが載っている季刊誌「考える人」の夏号。
  作家は作品を書くためにどのような工夫をし、どのように頭と体を使っているのかということが、クリアに語られている。自分の創造力や構想力の成長の過程を客観的に整理して語っている。彼は自己の感性や資質について知悉しているのである。もっとも「源氏物語」みたいな心理描写は好まないと村上が述べていることを歌人は真似する必要はないので、私は毎日少しずつ「源氏物語」を読んでいるが、あれぐらい短歌と相性がいい本はない。

  要するに自分を育てる工夫である。読書計画や勉強の計画を立てることである。そのための人間関係の輪も、むろん必要となるだろう。

さいかち真  歌人。
著書に評論集『生まれては死んでゆけ 新世紀短歌入門』、
歌集『裸の日曜日』等がある。


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