短歌の純響社

短歌入門 さいかち真
短歌入門第3回 【文語表現に親しむコツ】

   3  二段活用の動詞は好きですか

  高校生達に古典を教えている。
  古典は試験の前日に覚えて翌日に忘れるもの、というのが、彼らのスタイルだ。
  まずは動詞。二段活用を教えたら、
  「何これ、キモい。」
  と教室の窓際にすわっている女子生徒が大きな声を出した。キモい、というのは、女高生言葉で「違和感がすごい」というような意味。思わず笑ってしまったが、同時に、これは大変だと思った。
  三年生にもなって、はじめて二段活用の動詞を知ったようなことを言っているのだから、この生徒の古典文法嫌いは、相当に重症だ。うんうん、と言って笑っている生徒もいる。これを大学受験のレベルまで持っていかなくてはならない。

  さて、

  肺尖にひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は   岡井 隆『朝狩』
(はいせんに 「ひとつひるがおの はなもゆ」と、つげんとしつつ たわむことばは)

  医師である作者は、患者の肺のレントゲン写真を見ている。レントゲン写真のネガとポジは反転するから、結核の病巣のあるところに丸い形をしたかげりが浮かび上がる。それを「昼顔の花」が燃えている、という比喩で印象的に表現している。そうして、その診断結果を告知することをためらう医師としての心のゆらぎを、「告げん」(告げよう)としながら「たわむ」(曲がる、弱くなる)言葉は。と、余情を感じさせる倒置表現で言い表している。
  「ひとつひるがおの」という二句めは、リズミカルな「ひ」音の繰り返しの作用で、多少早口になる。そうして、この二、三句めの「ひとつひるがおの/はなもゆと」という、句またがり気味の言葉の続きが、まるで歌の内容そのもののような〈たわみ〉を持った響きを一首にもたらしている。

  この三句目の「燃ゆ」が、二段活用の動詞である。「花燃ゆ」、「告げんと(す)」、というのは、改めて検討してみると、実に漢詩的な表現だ。「燃ゆ」だけでなく、「告ぐ」も二段活用の動詞である。これらの二段活用の動詞は、現代の口語に出て来ない。そのために必要以上に文語を難しく感じさせる原因の一つとなっている。

  詩人、詩の涸れたるひと日みづからにゆるされてすさまじき睡眠  塚本邦雄『日本人霊歌』
(  しじん、しの かれたるひとひ みずからに ゆるされてすさ まじきすいみん )

  一、二句めの句またがりと、四、五句めの二回の句またがりが、独特の調べを生んでいる。しじん、でいったん立ち止まったあと、その後はハイスピードで一気に駆け下りるように読むのだろう。詩作に倦んだ詩人が、口をあんぐりと開けて眠りこけている姿。その精神の怠惰を痛烈に皮肉っている。
  この歌の二句めの「涸れたる」は、「涸れた」とも、「涸れる」ともちがう。「涸れたる」には、「涸れた」だけでなく、「涸れてしまった」というニュアンスも含まれている。「涸る」という二段活用の動詞に助動詞がくっついているのだ。これをどうやって見分けるのか。                            

  以下で簡単に辞書で確かめられるようになる方法を示す。
  まず、先に「変格活用の動詞」と、「一段活用の動詞」を除外することをお断りしておく。そのうえで、多数派の「四段活用の動詞」と、現代人から見ると変わり者の「二段活用の動詞」の区別の仕方を説明する。

  動詞は、「あり」、「をり」などの例外をのぞいて、基本的に語尾に「ウ」段の音が来る。そこで終止形(文を言い切るかたち)をもとめるために、次のような操作を行う。
  まず、「行き・ます」、「行き・て」のように、「〜ます」、「〜て」などの言葉をつけて連用形をもとめる。ローマ字で表記すると、「yuki-masu」となる。この「yuki」が、連用形だ。岩波の「古語辞典」なら、ここで辞書が引けるのだが、普通の辞書は終止形でないと引けないから、ここでもう一度手を加える必要がある。

  連用形の「yu-ki」の活用語尾「ki」の部分を、ウ段に変えると、「yuku」となって、終止形がもとめられる。これで辞書が引ける。この時に終止形が、現代の口語と同じものは、ほぼ四段活用である。それ以外の終止形にした時に違和感のあるものが、二段の活用である。

【二段活用の終止形を求める3ステップ】

1、 動詞の後に「〜ます」をつけて、連用形にする

2、 活用語尾を「ウ段」に変える

3、A、現代口語と同じ→四段活用
  B、現代口語と違う→二段活用


  この方法は、実際にやってみると便利で、「目からウロコ」と言うぐらい「古語辞典」を引くのが楽になる。これなら変格活用の「来(く)」、「す」も、正しく終止形にたどりつける。(何度も言うが、一段活用の動詞「着る」、「見る」、「蹴る」などと、変格活用の動詞は除く。これらは、例語を別に覚えてしまえばいいのである。ちなみに「死ぬ」はナ変動詞だから気をつける。もっとも、「見ます」をこのやり方で終止形にすると、「む」になって、「見る」が出て来ないから、四段活用と違うことはわかるはずだ。この方法のいいところは、「得る」や、「寝る」なども現代語にひきずられないで終止形「得(う)」、「寝(ぬ)」がもとめられることだ。

  二首めの歌の例だと、「涸れたる」は、まず「涸れます」とやって、連用形にする。そうすると、「涸れ」と「たる」の切れ目・つなぎ目がわかる。それから「涸れ」の活用語尾を「ウ」段に変える。すると、「涸る」となる。これで辞書が引ける。

  
次の機会には、ただ読むだけでなく、この動詞を使って自分の作品が作れるかもしれない。辞書は用例を読むことが大事である。素敵な歌がたくさん引かれている。  はじめは、訳の付いた小学館「全訳古語辞典」の類がいい。相当に習熟したら、岩波の古語辞典。これは、自動詞と他動詞が別立てになっているところが、すごい。

  おのづから過ぎむとしつつ花びらの落ちたるものは土にうつくし  佐藤佐太郎『しろたへ』

  解説の要らない平易な歌だ。「過ぎむ」を区切ってみよう。まず、「過ぎ+ます」で連用形が明らかになる。次に、「過ぎ」の活用語尾の部分をウ段に変える。そうすると「過ぐ」がもとめられる。現代の口語は「過ぎる」だから、この時点でこれは二段の活用だということがわかる。連用形が「過ぎ」のように「イ段」になったら「上二段活用」。「告げ」、「涸れ」のように「エ段」になったら「下二段活用」と覚えておくとよい。
  ここまでわかったら、次に連体形に挑戦してみよう。二段活用の終止形に「る」をつければ連体形である。「告ぐる時」、「過ぐる列車」、「涸るる水」というように。已然形はどうするか。已然形は、「過ぐれど」、「告ぐれど」、「春こそ過ぐれ」などというように特定の構文にかかわりが深いので、短歌に頻出するそういう言い方になじむことだ。短歌新聞社から文庫サイズの歌集が出ている。気になる歌人の歌集を買って読めば、自然に慣れる。困ったら辞書の巻末の活用表を見ればいいので、それぐらいの労はいとわないようにしてほしい。
  次回は、ここで省略した一段活用の動詞と変格活用の動詞の説明をしたい。

さいかち真  歌人。
著書に評論集『生まれては死んでゆけ 新世紀短歌入門』、
歌集『裸の日曜日』等がある。


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