短歌の純響社

短歌入門 さいかち真
短歌入門第2回 【おもしろさの原因さぐる】

   2  描写句と説明(感慨)の句

  文章には、主に二つのタイプの文章がある。
  一つは、事実を認識して、それを描写しようとする文章。
  もう一つは、その事実についての自分の考えや意見をのべる文章である。

  短歌を作ったり読んだりする場合に、この二つの文章のタイプを意識してみることも有効ではないかと、私は常々考えて来た。自作の推敲のしかたや、連作の際の歌の並べ方がわからないと言う人が多いのだけれども、この考え方で分析すれば必ずヒントが見つかると私は思っている。

  前回も引いたが茂吉の歌を例として挙げる。

  沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斎藤茂吉
(ちんもくの われにみよとぞ。ひゃくふさの くろきぶどうにあめふりそそぐ)
  

  「沈黙のわれに見よとぞ」というのは、主に自分の思いをのべている句である。
  それに対して、「百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ」というのは、眼前のでき事の描写である。でも、これは散文ではなくて歌だから、どちらの句にも作者の情念は投影していると見てよい。

  三、四、五句は、ただの自然描写ではなくて、生命というものの豊かさや崇高さを象徴する表現にまで達している。名歌たるゆえんである。
次に現代の作品を引く。

  ブックオフの百円コーナーだけだろう逸見政孝を忘れないのは 松木秀『RERA』

  ニッポンは平和だ「希望は戦争」と書く人も安心して生きられる


  弱い者どうしが、むごい言葉を投げつけあっている光景を目にしているような感じのする、痛々しい歌だ。二首とも、自分の認識した事物を読者に向かって突き出してみせている。
  一首め。闘病記を書いて逝ったアナウンサーの逸見政孝の本を忘れないのは、ブックオフの百円コーナーだけであるのだという。
  二首めは、ロス・ジェネの怒りを代弁すると自称して、「丸山真男をひっぱたきたい」という衝撃的なタイトルで登場した評論家の赤木智弘のことを言っているのだが、どちらも「事実について自分の考えや意見をのべる」タイプの作品である。 そうして松木秀には、この型の作品が多い。けれども、中には次のようなものもある。

  四半世紀前に売られし「ニューメディア対応テレビ」がある処分場

  こちらは、一首全体が描写の句で占められている。でも、ここで「ニューメディア対応テレビ」を「処分場」に見いだしたのは、作者である。四半世紀は最新だったものが、今は無残な時の流れにさらされているという皮肉な着目をし、それを攻撃的に提示してみせたのだ。

  続けてもう少しおだやかな、年長の世代の歌をとりあげてみる。

  持ち直したりしか父の胸処より紫苑の花の萌ゆる心地す 桜井登世子『雁渡る』
  (もちなおし たりしか。ちちの むなどより しおんのはなの もゆるここちす)

  
   十方に枝さしのべて咲く桜一樹の下に車椅子止む  
  (じゅっぽうに えださしのべて さくさくら いちじゅのしたに くるまいすとどむ)

  どれも花が出て来る歌で、きりっとした印象が際立ってみえる。自身が高齢者に近づきながら身動きのならない父母を介護しているなかで、花への心やりは作者を支えるものであっただろう。
   一首めの感慨句の「紫苑の花の萌ゆる心地す」というのは、なかなか老人をこうは歌えない。みっしりとした濃密な愛情がなければ、こういう修辞は出てこない。
   二首めの桜の描写の背景には、近代短歌の歴史がある。「十方に枝さしのべて」というような大きくつかむ語の斡旋の仕方は、伊藤左千夫が「万葉集」を読んでうみだした文体を、「アララギ」の系統で継承して来なかったら出て来ない言い方なのである。

  読み方を解説すると、一首めの「持ち直し/たりしか。父の」という描写句の、一、二句にまたがる句割れは、「もちなおしィ たりしか。ちちの」という表記のように少し引っ張って感情を込めるといい。「たりしか。ちちの」は、意味上の切れ目を無視して切らずに読む。
  二首めは、分かち書きしてみると、三句めが上下から引き裂かれるように置かれていて、「さしのべてさく」と、「さくらいちじゅ」の両方にかかっているために、独特のスピード感が下句にもたらされることになる。

  こんなふうに、どうしておもしろいのだろう、とか、どこがおもしろさの原因なのだろう、ということを考えながら作品を分析して読んでみると、その作者のものの感じ方の癖がわかって来る。

  歌集などを読む時のサンプルは十首程度、自分がいいと思った作品を抜き書きしてやってみるといい。できればノートに手書きするのがいい。これを時々自分の作品を相手にやってみると、作歌力は格段に向上するのではないかと思う。

さいかち真  歌人。
著書に評論集『生まれては死んでゆけ 新世紀短歌入門』、
歌集『裸の日曜日』等がある。


→「よく分かる短歌入門」バックナンバー一覧はこちら

季刊 『短歌苑』2009年冬号発売中です!
■特集:愛の歌--現代歌人100人による短歌絵巻
エッセイ 酒井佐忠・八城水明・村岡嘉子・青木春枝
      人形愛--川田茂・雪舟えま
⇒短歌苑の詳細と購読についてはこちらへどうぞ


▲ページの一番上へ戻る