短歌の純響社

短歌入門 さいかち真
短歌入門第1回 【百人一首の刷り込み】

   はじめに

  私は以前『生まれては死んでゆけ 新世紀短歌入門』という本を出したことがある。
入門と言っても、中身は評論集だった。今回はその時の反省を生かして、なるたけ平易に書いてみたい。短歌を作ったり、読んだりするうえでヒントになりそうなことを順に展開していってみようと思う。編集部によると、月に二、三度は更新したいそうだ。けっこうペースが早いので、多少時評的な要素や、ブックレヴュー的な要素も加わったものになるかもしれない。なお話題を近現代に限定せず、古典も視野に入れたものにする予定である。

   1  百人一首の刷り込み 

  小中学校の頃、学校で「百人一首」を習ったという人は多いだろう。大多数の日本人にとって、「百人一首」は、短歌の五・七・五・七・七の音数律(正確には、「語音数」律)になじむ最初のきっかけを与えられるものだ。

  でも、困ったことがひとつある。それは、「百人一首」のカルタが、五七五の上句と、七七の下句で一首の歌を無理に切るために、短歌のリズムはすべて「五七五/七七」だという刷り込みが、多くの人の頭のなかにできあがってしまうことである。「百人一首」に入っている歌は、別に三句切れのものばかりではないのだが、カルタの外見の与えるイメージの方が圧倒的だからどうしようもない。

  自作の短歌を地域の印刷物や職場で披露したことがある人なら身に覚えがあることだろうが、黙っていると、しばしば上句と下句が、五七五の部分と七七の部分に分けられて、二行で印刷されて来る。あまり短歌に詳しくない学校の先生が、生徒に創作をさせてプリントを作る時も、たいていそうなっている。だから、生徒も自然にそういうものだと思い込んでしまう。

  本当に一から短歌をはじめたかったら、短歌は三句切れだという先入観をまず払拭して、体にしみついた三句切れの感覚を拭い去る必要がある。
  これが意外に難しい。気に入った歌集を何度も何度も繰り返し読んだり、場合によっては一冊まるごと筆写したりすることによってそれは克服できるのかもしれないが、どうなんだろう。もともと短歌型式自体が、三句めで切って、上下で応答するという構造をとりやすいせいもあって(後に詳述)、急には人間は変われないものだから、初心のうちは、意識的に自分の作品をチェックするようにしたらいいのではないかと思う。次に三句切れでない歌を何首かあげて読んでみたい。

  沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ 斎藤茂吉
(ちんもくの われにみよとぞ。ひゃくふさの くろきぶどうにあめふりそそぐ)

  「沈黙のわれに見よとぞ」で、二句切れの歌である。薄暗い葡萄棚にびっしりと下がっている黒い葡萄は、生命の充溢と、自然の実りの豊饒さを感じさせる。一首は、荘重で沈痛な響きを持っており、結句の「そそぐ」という語の響きが、雨の質感も呼び起こしている。

   敵ひとり殺むるまでは婚姻をゆるされざりきスキタイおとめ 大滝和子 『人類のヴァィオリン』
(てきひとり あやむるまでは、こんいんを ゆるされざりき。スキタイおとめ)


  「〜ゆるされざりき」で四句切れの歌である。婚姻ということをめぐって、作者主体は、これ以上ないぐらい徹底的に屈折していて、それは歌集一冊を読むとわかるのだが、この一首だけを見ると、表にあらわれているのは、強烈なロマンチシズムである。野性的な尚武の気風を持った古代の遊牧民の習俗から、劇的な興奮を汲み上げて来る想像力は、大滝和子ならではのものだ。

   夏はおもふ若かりし母の鏡台にふくらかに毳だちてゐし牡丹刷毛を 河野愛子 『黒羅』
(なつはおもう。わかかりし ははのきょうだいにふくらかに、けば/だちでいし ぼたんばけを)

   「夏はおもふ」で初句切れ。初句、一字字余り。そこで一呼吸置いて、「母の鏡台にふくらかに」を加速して読むと具合がいい。「〜けば/だちていしぼたんばけを」と、四句と五句の句またがりをバネのように利用して、結句は息を吐ききる感じになる。息の長い、いわば腹式呼吸のできる人の歌で、胸で浅い呼吸をしているばかりの人には作れない歌かもしれない。(※ちょっとよけいなたとえを用いた。腹式呼吸の話は、内田樹や斎藤孝の著書を参考にしてください。)

  作者は一九二二(大正十一)年生まれだから、母も本人も和服で生活するのが普通だった世代。牡丹刷毛は、お白粉の水分を取るために使う丸いかたちの刷毛である。今はスポンジがその役をしている。子供の頃、母親の見ていない時に、鏡台の上に置いてあるものをそっと手に取ってみたりした記憶は、私にもある。

さいかち真  歌人。
著書に評論集『生まれては死んでゆけ 新世紀短歌入門』、
歌集『裸の日曜日』等がある。


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