短歌の純響社

短歌時評 西巻真
堂園昌彦さま

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まずはようこそ! 殉教者の時評へ。(あれ、変換ミスかな。。。)

私の危険な挑発にもめげず、わざわざお時間をかけてお返事をいただいたこと、非常にうれしく思います。厚く厚く、御礼申し上げます。また、憤りを感じられたとのこと、ごもっともですね。お詫び申し上げます。

まずは私がなぜ、あのようなお返事を出したかについてご説明させていただきたいと思います。ツイッターで堂園さんからあのようなご質問をいただいたとき、私はどう対処すべきか非常に迷いました。本来の時評ですと、「質問」という形で来たものに関してはほとんど取り上げることはないので、無視してもいいのか、お応えすべきか。
                                            
私の文章家としてのスタンスは、とにかく来たものはすぐお返事を出す、というのをモットーにしていますので、一応仕事が入ってはいたのですが、あわてていただいた日の朝に1時間ぐらいでかなり長めのご返事をご用意しました。

しかし、途中から思い直し、あのようなご回答をすることにしたのです。

この時評をお読みになっていた方はご理解いただけると思うのですが、正直、以前ネットの論争が巻き起こったとき、私は青磁社での反応と、万来舎での反応すべてをみながら逐一お答えする、という、非常に時間的にも精神的にも負荷がかかる作業をしていたので、あれを期待されるとこっちがつぶれるしなあ、と思って、ちょっと時間を置かせていただくことにしようと思いました。

また、「ご質問」という形で来たもので、「特にご意見がない」という堂園さんの姿勢も、歌人として非常に危険なのではないか、と思いました。

永井さんや堂園さんはあちこちで話題になるのですが、ご本人が何を考えているのか、というのがなかなかよくわからないところがあって、ご本人の意図を私が曲解して勝手なことを言うわけにはいかないので、まずは一度「ご意見を聞かせてください」と返そうと思いました。

ただ、私もあのときは他の仕事が完全に追い込みになっておりまして、「質問」で来て、
「できればすぐに!」 という堂園さんのご要請にかなり憤りを感じたのも事実です。

通常、こういった時評に意見を言う場合は、まずはご自身の「見解」をしっかり表明されてから筆者に疑問をぶつけるというのが「議論を深める方法」としてはフェアだと思います。

堂園さんのご要請をもう一度見てみましょう。

1、「永井や堂園の短歌のたたずまいは、『社会やシステムに物申すことなく、むしろどこかでポストカードを並べて、この作品きれいでしょう』というおとな しやかな主張をする、現代のちょっとデザイナーめいた、中央線沿線あたりにいそうな文化人たちのあり様と酷似しているように感じる。」とお書きですが、なぜ、どのような点についてそう思われたのか。

2、「同時代に広く流布している、アメリカ文学的な、現代の『商業主義化』された文学」とは、具体的にどんな作家のどの作品を想定しているのか。

3、「社会、システム、といった大きな問題とは決してつながっていかない作風である」と思うのはどうしてか。

こういったご質問ですが、ここで私がうかつにご質問にお答えすると、堂園さんはあきらかに「ありがとうございました」と言って何もおっしゃってこられないのではないか、という危惧がありました。あるいは、矢継ぎ早に質問を繰り出してこちらを無為に消耗させてくるのではないか、という危惧もありました。

質問というのは非常に傲慢な形式で、「議論を深める」とおっしゃいますが、聞く方は「楽」ですし、「議論をこういう方向に誘導する、こういう枠組みのなかに流し込む」という側面があります。

以前ある歌人の方から、SNS上で、私の評論についてやはり同じような質問攻めをくらい、いろいろ丁寧にお答えしたすえに結局ご自身のご見解を全くあきらかにしないまま記事ごと削除されるという書き手にとっては著しく精神的ダメージを伴う振る舞いをされた経験がありますので、私は「質問」に対してはすごく慎重になっています。
                                                                                                                    
私は「用意された枠組み」の範囲でものごとを考えるのを非常に嫌いますので、今回の堂園さんのご質問の「枠組み」に沿ってお話をするわけにはいかなかったのです。

また、堂園さんが若手でもっとも期待されている俊秀であることを考慮に入れると、歌人ならしっかり、まとまった文章の形できちんとご意見を表明いただきたいと思いました。

また、「すぐに」というご要請も今の私の抱えている仕事量と、時評のペースには合いませんでした。
                                                                                                                    
私は新しい仕事を始めたばかりですし、ちょうど塔の荒井直子さんより時評で、以前展開された万来舎と青磁社、そして私の時評を参照しながら、「読み手にとっては興味深かったが、お互いの議論をしっかり精査しないまますぐに反応する」というのはいかがなものか、という趣旨の苦言を拝読したばかりでしたので、私は堂園さんに対して即答を避け、一度ボールを投げ返すことにしました。

私は紙媒体でのやりとりが「遅すぎる」のも問題だとは思いますが、ネットのやりとりが「早すぎる」のもなかなか大変だ、と痛感しました。この時評は媒体をとわず、ご異論にお答えしないということはありませんが、匿名の誹謗中傷と、ご意見のないご質問、展開の早い「残る前提のない」議論は対応できないということは、ご理解いただきたいと思います。

ブログやSNSやツイッターでの議論は、すべて転載させていただいた上で「ゆっくり」反応しますのでよろしくお願いいたします。(といっても紙媒体よりはちょっと、早いかもしれません)

幸い、堂園さんはご意見をつけて私の時評のどこがどんな点がとご見解をいただいたので、ようやく私も「対話」のテーブルにつけると思います。時評というととかく閉鎖的に自説を押し通す、という印象がありますが、この時評は「開かれた」ものを目指したいです。

いろいろとご引用しながらお返事させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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西巻真  歌人。1978年生まれ
2007年度未来年間賞受賞  2009年度未来賞受賞

加藤治郎に師事

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