短歌の純響社

短歌時評 西巻真
短歌のプラットフォーム(1)

お久しぶりです。不定期更新とはいえ少しお休みをいただいていました。

この間、私はいろいろな業界を見てきて、短歌と「場」の問題をもう一度 考え直す機会を得ようと見聞を積んでいました。短歌と「場」の問題と いう言い方は、以前から幾度となく論じ直されてきましたが、現代的な言 い方で、私はあえて「場」を「プラットフォーム」と言い直すことにしま した。

短歌というのは、1首単位でもそうですし、総合誌や同人誌などから依頼 を受ける段階で10首になったり50首になったりしますが、作品、そして 作品にかんする文章や評論などが一つのコンテンツとして存在しています。

それが発表されたり、流通したりする「場」を私たちは「プラットフォー ム」と言い直すことができるでしょう。

新聞、同人誌、結社誌、総合誌、あるいはインターネットの投稿欄など、 現代では様々な「プラットフォーム」が短歌というコンテンツを支える 産業として存在していると言い直すことはそれほど難しくはありません。

また、短歌における批評の場所を確保するための「座」、この場合、勉強 会や歌会、あるいは授賞式などで考えられるいくつかの交流の場所も、 一つの「プラットフォーム」として考えることも、(やや拡大解釈気味で すが、)それほど難しい発想ではないでしょう。

短歌を一つの産業だとすれば、現在の短歌というジャンルを維持するため には、様々な関連業界の力を借りなければなりません。

当然、報道、出版・印刷業、そして、ある種のレンタルスペース業、あるいは二次会まで含めると飲食業も、短歌というジャンルを支えるために不可欠な 「業種」ということになるでしょう。

現在の「短歌」というジャンルをもっと大きく、様々な業界のビジネスが関連 した「ビジネスモデル」として捉えるという考え方は、私は以前から行ってき たのですが、いきなり「ビジネス〜」という言い方をすると反発を覚える歌人の方も非常に多いのかも知れません。

しかし短歌は無私の精神で行うもの、とか、ある種の奉仕精神が絡んでいるというような言い方は、おそらくは多分に欺瞞的なのです。

はっきりいっておかないといけないのは、短歌を続けるためには、あるいは「ちゃんとした」歌人として認められるためには、現状ではたとえば一年で1万円とか数千円といったレベルではないぐらいの出費が必要になるということなのです。

どんなに少なく見積もっても、歌人として認められるためには歌集を出さないといけません。

通常の歌集出版社で歌集を出すと最低でも100万円単位のお金がかかることは周知の事実でしょう。

その他にオプションが発生します。

・授賞式に参加する。

・勉強会に参加する。

・各種のイベントを企画する。

・歌集を買う

わかりやすくいうとそのくらいの投資金額がかかるわけですが、短歌というのが「出版」という産業と深く関わったビジネスである以上、100万円から200万円で済めばましという感覚でいかないといけないということです。

「ああ、自分が成長するために必要な金額だから」

という理由で私なども漫然と莫大な額の本を買ったりしていたのですが、 (これでも私はネットを活用してきたので、資料収集のコストは相当抑えているほうです) 今まで短歌に投資してきた内訳をもう一回見直すと、「短歌そのもの」のために支払っている金額というのは意外とわずかで、一番多かった額は懇親会に参加するための飲食経費。(毎週参加して平均5000円ぐらい?)

これが短歌そのものに支払う額よりはるかに多いという事実に気付いてしまいました。

一応短歌を作る人間も著述業に位置するわけですから、原稿料を頂いたり、印税を頂いたりというようなお金のやりとりも些少ながら行われています。 しかしそのやりとりそのものよりも、もっと大量のお金が動いているのはもしかして飲食業なのかというのは残念な事実ではあります。

私は短歌を「より利益の出るビジネス」にしようとか、いきなりそういう理想論を唱えるために「ビジネスモデル」という言葉を使っているのではありません。

現在の短歌というジャンルそのものが、既に複数のビジネスモデルを孕んでいるという冷然たる事実を確認するために、ビジネスという言い方をしています。

短歌の中身の話、 「どう伝統を継承するか」とか、「どうやったら自分の短歌がよくなるか」といった話の前に、「短歌を続けるために一体いくらぐらいお金を払っているのか」

ということをこの不況ですから徹底的に見直さないといけないのではないか、ということを次第に考えるようになりました。

つまり、短歌そのもので入ってくる金額というのはどうがんばっても労力以上のものは期待できないわけですから、その分のコストをどんどん減らしていかないと、「若い世代の人たちが短歌を続けることが不可能になるのではないか」

という深刻な問題意識を私は持っています。そのあたりをはっきりクリアした上で、短歌の中身の話にやっと移れる気がするので、「どんな論争よりも身もフタもないがお金が大事だ」という結論に達してしまいました。

有効求人倍率が0.53を切っているらしい最近の情勢では、短歌というジャンルを維持していくためには少なくとも本業を持つ、あるいは短歌に関わるコストをなんとしても減らす、 という極めて現実的な問題と私たちは向合っていかないといけません。

そして継続的に短歌のことを「考えていく」

そういったマネージメントの力も、歌人に必要とされる時代になってしまったのかもしれません。

面倒な時代ですが、しょうがないですね。

この話題ですが、企画としてはだいたい2週に一度更新していくなかで、おりおり触れていきたいと思います。

「さすがにそろそろ短歌の中身の話をしなければ」

という極めて切迫した問題も差し迫ってきているので、私のできるかぎりで こういった話題を交互に、とにかくゆっくりでもいいから触れていくことができればと思っています。

それではまた次回。よろしくお願いいたします。

西巻真  歌人。1978年生まれ
2007年度未来年間賞受賞  2009年度未来賞受賞

加藤治郎に師事

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