短歌の純響社

短歌時評 西巻真
都市文学と社会性

以前、純響社の時評において永井祐と堂園昌彦について書いたとき、私は彼らの作品にもうこれ以上どのような批評を付け加える必要があるのか、という気持ちに正直なっていた。永井や堂園に関して言うと、両名の作品について云々するということが一つのトレンドになってしまって、その波が繰り返し繰り返し何度もやってきてはある時期に鎮静化するということを繰り返している。

状況論としてはそういうイメージで半分書いていたが、正直このような「状況」で一番不幸なのは、話題にされる側の永井祐や堂園昌彦の「作品そのもの」だろう。一首評や場当たり的な時評で突発的に話題になり、それが流布することで永井像、堂園像が繰り返し形づくられる。

そのようにして形成されていくのが歌人だというのであればそのとおりなのだが、永井や堂園の場合、たとえば結社誌のような歌人像の形成のされ方とは異なり、自分自身が発表する機会をなかなか持てないまま、周囲の歌人像だけが妙に盛り上がる、という近年にないちょっとジャーナリスティックな現れ方をしているように思う。結社のような育成機関の感覚にならされていると、永井や堂園の取り上げられ方は「自然」ではないように思えるのだが、短歌という視座を離れて、「文芸誌」などを経由して短歌を始めた世代の若手歌人にとっては、しごく当然の選択なのかもしれない。

しかし、こういったジャーナリスティックな取り上げられ方にはそれなりの問題点がある。簡単にいうと、「作品が論者に消費」されてしまうのだ。ある特定の歌があちこちに伝播していき、それがあたかも代表歌であるかのようになっていく。論者は好き勝手に賛否を取り扱うが、それについて特に責任を負うわけでもない。こういった形の批評は、永井、堂園だけでなく、作品そのものに非常に不幸だと感じる。

永井や堂園について考え始めると、短歌の話を飛び越えて、今の結社や短歌そのもののの在り方のほうに関心が向いてしまう自分がいるが、そのことはひとまずおこう。

永井と堂園の作品論を今できる限りの感覚で述べてみることを本稿の目的とする。

私は彼らの作品については、非常に文字通りの意味で「評価しない」という立場を貫こうと思っていた。これは彼らの作品が「評価に値しない」という否定的な意味ではない。

たとえば論文を書くときなどに、個人的な好悪は別として「ある条件を欠いた状態」ではそもそも評価の対象に挙がってこない、という対応をすることがある。規定枚数に到達しない、規定の条件をクリアしていない、というような大学の論文審査であるような「評価」が二人にはできないということである。

短歌の世界での条件とは、簡単に言うと歌集を出すことだ。

永井祐は特にそうだが、初期作品から現在の作品までを一望すると、相当なレベルで異動があるタイプの歌人ではないかと思う。

永井は必ずしも「最初から」現在のような歌いぶりを獲得していたわけではなく、ある時期から詠風の深化によって今のような歌いぶりを獲得してきた。その生成過程のほうが私には強い関心があるので、一首の作品評で全体像を断定するような歌評の仕方はそもそも永井にはあっていないと私は考えている。

堂園の場合、残念ながら目にする歌数がそもそも少なすぎる。堂園は一首の自立性に優れ、一首評で取り上げてもいいタイプの歌人だとは思うが、その代表作がそもそも総合誌では8首しか掲載されなかった「やがて秋茄子へと至る」ではさすがに一つの批評で全員を納得させられるほどの検証が不可能だろう。抒情質の特性を言う場合に、どうしてもいくつかの類歌をあげる必要があるが、確信をもって抒情質を断定できるほど堂園は歌数を残していない。

両名とも今の段階では40%程度の作品論を書ける段階でしかなく、純粋な作品論の俎上に乗せるにはそもそも「時期尚早」なのだ。それがこのように散発的に「批評文つき」の一首鑑賞が乱発してしまったのは、ある面では非常に素晴らしいが、たとえば永井や堂園の作品をもっと落ち着いて読みたいと考える読者にとっては目を覆いたくなる惨状だ。

彼らについて今の時点でできる作品論というと、一応それなりに厚みが生まれてきた言説の束を収集していくか、あるいは同時代人として彼らの作品についての生成過程をしっかり記録して後世の参考資料とするか、いずれかの責任が評者には課せられていると思う。

少し脱線気味にエピソードを書きくわえておこう。

                           ※

2年ほど前のことだが、永井を歌会に招いたとき、歌会で永井が提出してきたある失敗歌が私には印象深く残っている。歌会に出してきた歌なので全歌の引用は避けるが、確かバスにのっているおじさんとおばさんの「あたまのひかり」に注目した歌だった。私は思わず絶句し、「それは、ハゲということではないか」と瞬間的に言ってしまったが、永井は「いやいや、あたまのひかりはあたまのひかりだから」とすごく怪訝な面持でつぶやいたことが印象に残っている。

読んだ人間のほとんどが「ハゲの歌だろう」といっているのに、当人は書いたそのままを書いただけと主張する。この読み手と書き手の温度差が、どうしても永井の歌には隙間として生まれる可能性があるのだ、ということを私はその時に感じた。

これはむしろ読み手の側の問題かもしれない。もし「ハゲ」という読者の側の「刷り込み」がなければ、永井の「あたまのひかり」は「あたまのひかり」としてそのまま理解すれば完ぺきだと思わせるほどのできだったので、不謹慎だが私はむしろ永井の歌のために、「ハゲ」という言葉そのものを辞書から消去してもいいと思ったほどだったのだ。

このときに私が考えたのは、永井は「ハゲ」というイメージをかなり狡猾に利用しながら、実はものすごくザッハリッヒなことをすとんと提示するという歌の作りを戦略的に行っているのではないか、ということだった。

もし私たちが「ハゲ」を全く知らなかったり、あるいは「あたまのひかり」でたとえば宗教的な光輪をイメージせず、歌に書かれたものを「そのまま」素直に受け取ることができれば、永井の歌は「いい歌」なのである。近作の永井は言葉そのものに、「読者が勝手に想像して意味を付け加える」ことを極端に嫌っているのではないか。

永井に関しては、私たちは永井の歌の「意味」を過剰に読みすぎる。

永井はその独特の作風から、先行世代の猛烈な批判にさらされたが、それを真っ先に擁護する論陣を張ったのが穂村弘と黒瀬珂瀾である。二人の先見性には敬服せざるをえないが、やはり最初の段階で彼らの作品理解はやや恣意的だったと言えるのではないか、と反省をしてもいいのかもしれない。

たとえば黒瀬珂瀾は井泉16号で、堂園昌彦と永井祐の短歌について以下のように述べていた。

「・美しさのことを言えって冬の日の輝く針を差し出している

・わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる

この二首から読みとるのは、どうしようもない切実さとやり場のない焦燥感だ、何者かが私に「美しさのことを言え」と言いながら、「輝く針」を差し出してくる。もはやだれも「美しさ」のことを「美しさ」という以外に言葉を失ってしまった、感受性の途絶えた時代。それでも「針」の美しさをなんとか表現したいという焦りが、何者かの姿を纏って私に向き合ってくる。冬の日の輝きを宿した鋭い針は、青年の震えるような美意識につながるものだろう。 」

引用文の順番に述べると、この堂園の歌は、黒瀬がその後の座談会などで積極的に取り上げたように、ある種の「若者の切実さの象徴」として、いわばそのような時代性の象徴としてあやうく受容されかけた。

永井の歌についても、

「意味もなく日々を記録しては消してゆく「写メール」で写すものは、人生の重大事でもなく、美へのおののきでもなく、限りなく続いてゆく日常でしかない。それを地元と表現した点に相当のレトリック力が潜んでいる。一見、修辞を放棄したようにしか思えないため、単なるただごと歌として見過ごす人も多いだろうが、このようなミニマリズム的とも言える作品に多大な共感を覚える層が存在することを見逃してはならない。 」

とし、永井の歌の持つ「ミニマリズム的な部分」に対する共感をいち早く指摘し、歌の構造において「無修辞のレトリック(西村旦)」という概念をいち早く提唱した。永井の歌の構造的な解釈については私も異論はないが、問題になるのは以下のような点である。

「しかし、永井は「イベント」のない扁平な日常の風景にこそ、現代的な救いのなさを見出している。もはや、苦しみから逃げるということさえも相対化、無力化された苦しみのない苦しみの中で、ただひたすらに切実さだけが短歌の姿をとって紡がれてゆく。」

黒瀬は堂園と永井の歌の秀抜な歌の解釈とともに、「切実さ」というキーワードをもたらした。黒瀬の批評はかなり社会構造によった批評で読んでいて安心感があるが、ただその社会構造の問題を言うとき、常に社会に対して糾弾的な視点をとることがある。

「このような時代において、日本国民全員が本当に明日への希望というものを持つことが出来るのだろうか。もはや、明日への希望を持つということさえも、ある一定のハードルを越えねば獲得できない特権になってしまったのではないか」

黒瀬の社会への糾弾的な視点はよく理解できるが、黒瀬の批評がやや社会批評として片手落ちの印象を受けるとすると、それらが「ワーキングプア・低所得者層」といった「旧態依然とした心情左派的な社会観」に引っ張られすぎてしまう、ということだろう。

確かに永井や堂園は希有な美質を持っている。しかし、それは永井や堂園がワーキングプアで、低所得者層だからではない。実際の永井や堂園の作品と照合すると、黒瀬の批評をそのまま受け入れるにはやや無理があるのだ。

たとえば、彼らは社会構造から派生したある種の「被抑圧的な外傷的な文化表象」について、それらを十分受容した痕跡を、作品上に残しているのだろうか。

より理解を深めるために、一首評で強引な読みを展開するのではなく、やや連作間のイメージから立ち上がってくる二人の「たたずまい」に耳を澄ませてみることにしよう。

                           ※

最初に永井祐について触れてみよう。

「スイカ」

(前略)
・まあまあと言い合いながら映画館を出てからしばらくして桜ある

・春の星 ふとんの下に本があると思った ま ま 日曜日

・<カップルたちがバランスをとる>のをぼくはポケットに手を入れて見ている

・ピンクの上に白でコアラが みちびかれるように鞄にバッジをつける

・何かこわれる空気の中を歩いたらあちらこちらの五月の光

・わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる
(後略)

さて、連作単位で永井の歌を読んだときに、黒瀬の言うような、「イベントのない日常を生きる」ことへのの文化的、外傷的な「切実さ」があるのだろうか。一首の「声」的な部分に耳を済ませてみても、

「まあまあと言い合いながら/映画館を出てから/しばらくして桜ある」

全体的にやや弾むようなリズムと、映画館、桜といった名詞から喚起されるある明るいイメージの連続によって、作品は明確に「明るさ」のほうを志向しはじめる。ここにあるのは、永井の短歌が醸し出すある悦楽的な作中主体の姿である。 このような細かいリズムの連続と、名詞の選択の確かさによって、永井の短歌は多くの場合、一定の「悦楽的な映像」を読者に喚起させることに成功する。

連作単位のイメージの連続を見てみよう。

映画館→桜
春の星→ふとん→日曜日
カップルたちがバランス→ポケット
ピンク→白→コアラ→鞄→バッジ 空気の→五月の光
おしゃれ→写メール→地元

前後の「交通事故」というやや事実確認的な名詞をのぞいてみると、その名詞が喚起されるイメージは平凡であるだけでなく、著しく形容詞・副詞の修飾を取り除いているために、きわめてシンプルに名詞と名詞の明るいイメージがつながる。

これらの短歌の特徴を黒瀬はミニマリズム的であると述べたが、無駄な装飾を拝し、より名詞と動詞のつながりを重視したという点で、この批評は的を射ていよう。

同時に、黒瀬がそのような表現をつかった「ミニマリズム」が喚起されるイメージに二つの点があることを見逃してはならない。

一つは当然芸術作品におけるミニマリズムだが、もうひとつは「工業製品」におけるそれである。

工業製品の「ミニマリズム」はある種の装飾を取り除いたきわめてシンプルな形態のことである。(よりわかりやすくイメージを喚起すると、実際とは異なるが「無印良品」のようなプロダクトをイメージするといいだろう)

永井の名詞的選択をより正確に言えば、「消費構造における低所得者層ではありそうだが、決してそれらが社会的外傷を伴うものではなく、むしろ自足的で安定的な消費生活をもたらす」ような充足的なイメージとして私たちの内部でとらえておくと理解しやすいのではないか。

永井の短歌の名詞が喚起するシンプルなイメージと、そのゆるく悦楽的な感覚からみると、永井の短歌からは、むしろ俵万智の「東急ハンズ」の歌のような、非常に現代的な、消費生活を楽しみながらおくる作中主体「像」を導き出しても誤りではないように思う。

永井の短歌には「お金」「ドラッグストア」といった、日常生活のなかでさりげなくさしはさまれる風景を、より商品的な視点でとらえなおしたような名詞も多数頻発している。その永井の世界像、作中主体像は、むしろ消費社会に近似的なのだ。

当然永井の短歌には黒瀬の言うような、貧病苦がもたらすある種の外傷的な体験が登場するはずもなく、その作中主体はきわめて平均的な消費生活を送っているような印象を私たちに与える。

こういった消費生活の内部での充足感といったものは、きわめて都市論的に言うと「郊外的である」ことは山田航も指摘している。 しかし、こういった感覚に充足するかそこに荒涼とした風景を見るかで、地方都市のありようと都会生活の差異は理解できるだろう。松木秀は第二歌集『RERA』においてきわめて反復的に、「郊外化とそこに塗り込められた地方都市の外傷のようなもの」を歌にしているのに対し、永井の短歌はそのような外傷とは無縁に、いわば超越的に、たんたんとザッハリッヒに記録していくだけだ。

こういった感覚の問題を、地方と都市、グローバリゼーションとローカリゼーションと呼ぶのは判断が難しいところだが、いずれにしても作品のタイトルであるあのJRの「スイカ」が示すように、「ある消費生活で自足した都市青年像」を思い浮かべるのも無理はない。

これらの短歌には、当然このような批判が生まれてくるのだろう。

どうして黒瀬の言うように、きみは「ならない」のか。

「社会構造のなかでこのように貧困層が増大し、文化的な外傷をおった若者たちが続出している」なかで、どうしてこの作中主体は「このようにたんたんとしていられるのだろうか」。

                           ※

堂園の「たたずまい」についても触れよう。

ある連作群をとりだしてその特質を解析してみる。

「やがて秋茄子へと至る」

・秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは

・順光が喉に当たって死ぬ日にも悲しいまでに心は動く

・記憶より記録に残っていきたいと笑って投げる冬の薄を

・夕暮れに黒い電車が移動する寂しい限りの力を持って

・追憶が空気に触れる食卓の秋刀魚の光の向こうで会おう

これらの短歌に流れるキーワードは切実さなどではなく、ある種の詩情性であるが、後半の「記憶より〜」の歌が「すばる」に紹介されたように、そもそも堂園の詩情性のある特質はややコピーのフレーズ的な、プロダクト的な美学を私たちにもたらすことがある。

「秋刀魚の光の向こうで」という言葉の詩情性は無理やりイメージを類推すると小津安二郎の映像のようであり、秋茄子は斎藤茂吉のフレーズの借用でありながら、「どうして死ぬんだろう」というやや内省的な響きによって、より内面化した沈潜した「たたずまい」を私たちに楽しませてくれる。

堂園のいわゆる詩情的な作風は実存の叫びというより、むしろ内面的で沈鬱であり、その特質から言って、きわめて社会に受け入れられやすい形でカスタマイズされていることを見逃してはならない。

堂園の作品は、内省的であるという一点において、やはり自己充足的である。 一言で言うと、「他者への呼びかけ」が存在しない作品群であるということだ。もちろん、形式上、呼びかけの形態をとっている作品もある。

しかし、

「秋刀魚の光の向こうで会おう」

という言葉使いは、一見すると呼びかけにも見えるが、そこに込められた心情はむしろ呼びかけるよりも、他者のいない独語に近い心情を持つように見える。具体的な他者を書きとめているのではなく、「秋刀魚の光」という詩的言語のなかに呼びかけることで強い詩情性を獲得した作品群だ。

内省的で、美しさを重視し、ある主の社会的な抑圧や強度から距離を保とうという態度。

こういった文学的な感受性の潮流は、既に日本近代文学に存在していた。

堂園の感覚は、大正期の「都市文学」の感受性に近い。この内省的な響きには、沈潜や自足的な快楽はあるが、そもそも社会の転倒を志すような外傷的なルサンチマンはない。

たとえば堂園は「短歌行」で、いきなり「会津八一」を取り上げようとする。「短歌行」は、慣れない人間にはよくわからないブログになっているが、堂園と五島(五島諭)の語り方は特徴的だ。

堂園と五島は、短歌行では、会津八一の良さをまるで「骨董のように」鑑賞するだけで、そこに何らかの価値判断を置くことはしない。

堂園のような歌人の登場も、また現代というパラダイムの一つだろう。あきらかに大正モダニズムのような、趣味判断を文学の中心に据えることで、何か共通の地盤を置かない人間を排除するような共同性が働いてしまうのだ。

たとえば筆者である私自身が、堂園の作風に一定の評価を下しつつ、それとは切れたところで短歌世界を構築したいと志すのは、その作品が持つきわめて都市文学的な響きが、私自身の文化的背景の中心である非常に「社会とのつながりの痛み」とは異なる立場にあるからだ。

穂村弘の影響力を考えても、堂園の感受性は、あくまでも「友人」を探す瀟洒な都市文学としての輪郭を形作っているように思う。穂村がデニーズで切れた電球のことを気にするように、堂園はやはりコンビニか映画館で、非常に都会的な感受性をもって歌をつくっているように感じる。

私は堂園の作品の美しさについては手放しで賛辞せざるをえないが、彼らの本質が「都市文学的」な感受性を持っているということは、意識して取り扱ったほうがいいのではないかと感じている。

                           ※

永井祐と堂園昌彦という二人の歌人について、それぞれの特徴を分析的に読んでみた。細かく見てきたように、永井と堂園は、もともと、おそらく大きく異なった資質を持った歌人であると言っていいだろう。これはやはり黒瀬の最初の分類が、あるいは同時代的な区分がそうなっただけなのかもしれない。

しかし、永井のように「たんたんと」世界と向き合うあり方も、堂園のように「都市文学」に走るあり方も、いずれもあまりにも高度に消費社会化が進んでしまった現代だからこそ可能なあり方であると思う。

西巻真  歌人。1978年生まれ
2007年度未来年間賞受賞 2009年度未来賞受賞

加藤治郎に師事

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