純響社編集長・山下雅人のブログ

ひたすら歩く・・クェーサー3C345まで

 最近なにをやっているのかと聞かれたら、「ひたすら歩いています」と応えることにしている。毎日三万歩以上は歩いているだろう。しかも時速6キロ、これはアレキサンダー大王の東方遠征の兵士の速度と同じである。江戸時代の飛脚よりは少し遅いが、戦前の日本陸軍の行軍よりは少し早い程度だ。
 自宅は小平市だが、しばしば新宿方面まで足を延ばす。伸ばし過ぎなのはわかっているが、ウォーキング・ハイになってしまうので止められない。4、5時間はかかるが、孤軍奮闘の達成感はある。誰も褒めてはくれないが。昨日は池袋をめざしてひたすら歩いたが、池袋は甘くはなかった。左右の道筋を誤ったため10キロ以上無駄に歩いてしまい、午前中出発したのに午後4時着にってしまった。青梅街道から新青梅街道へ、なんの変哲もない、アスファルトでコーティングされた武蔵野台地を、ひたすら縦走するだけなので、物見遊山のときめきはない。夢の中を泳いでいるようで風景の方が身体を通過するのだ。自分とは「誰かに夢みられた身体」であり、実体ではないという気が強まってくる。身体という仮初の乗り物に乗って、自分はこの世に漂流しているだけだ。
 ひたすら歩く、とはひたすら夢みる、ことと同義である。
 地球上の孤児であるわたくしが、人工化され尽くした関東ローム層の大地のうえを漂っている・・・歩いているうちにずんずんずんずんさみしなった。アスファルト直下の無数の植物の根、動物の骨たちはどのように息苦しく絡みあっているのか、さみしさとはそこから湧き出して身体に伝わるものだった。ここはかつて原生林だったのだ。

 いつ、地球に漂着したのか? われわれはどこから来たのか?
あたり前の風景のなかに、あたり前でない風景が隠されている。街道、森、水、人、星、宇宙はひとつらなりで、彼方へと続いている。
地球に漂着した身体をありありと感じたくなると、昼夜を問わず歩きたくなるのだ。どこをどう歩こうと世界は謎めいた迷路なのだから。

 街道は血管なのか、自らの血流を遡るように武蔵野台地を踏みしめていくと、校門から小学生たちが解放される時間帯に遭遇する。赤いランドセル、黒い、また青いランドセルが浮遊する。束の間の自由、拳ほどの心臓の鼓動が連なって歩いている。しかし誰ひとり終着点を持たず、明日にはまた退屈極まりない校舎に少年少女たちは集結するのだろう。洞窟、あるいは悩みの兆すランドセルの闇に、蒼穹が呑み込まれている。
 ノンストップで歩き続けることに意味があるので休憩はとらない。足を留めたくなるのは尿意を催した時だけである。ところがトイレ付き公園というのは防犯上の理由からか滅多になく、ずっと我慢して歩き続けるだけである。新青梅街道から目白通りへ、交差点を隔てて名称が変わるだけだが、都心突入という気分が昂揚する。もう4時間以上は歩き続けているが、青梅というローカリティが目白という都市のトレンディに変貌するのを体感出来るのだ。けれど待ったなしの尿意をどうしよう?
 目白通りから、山手通りに左折する。やっと池袋が射程内に入ってきた。水族館を頭上に抱えたサンシャインビルが、蜃気楼のように佇んでいるではないか。曇り空のど真ん中を、水族館から逃れた無数の魚たちが流れ出そうとしている。虹色に鱗を反照させながら。山手通りは、思いがけず空中楼閣のように浮かぶ広い道だった。歩くほどに地上から浮かびあがるロード、その過程でようやくトイレ付き小公園をみつけることが出来た。名前はメモってなかったので、とりあえず如意原自然公園とする。するとトイレの屋根に腰かけて6歳位の女の子が、シャボン玉を、ひたすら吹いていた。いつ、どうやって仮設住宅みたいなトイレの屋根にのぼることができたのか。足下には2歳位年下の弟(らしい)が、シャボン玉を摑まえようと走り回っている。親の姿は見えず、都心にシャボン玉無法地帯が生じているようだ。なぜかここは、自分の乗継駅だと思えた。ここで終わり、ここから始まるなにかが、シャボン玉に託されて、ゆわゆわ漂いはじめていた。「ザボン虹駅」と勝手に名付けて放尿を終え、再出発した。(はやくトイレの屋根から降りて、弟と一緒にシャボン玉にもぐって帰りなさい。ゆあゆあゆあーん、と、サンシャインビル屋上の彼方まで)

それにしても交番が目立つ。交番とは街道沿いに、等間隔に設置されているもので、路地裏には基本的に存在しないようだ。速歩、一心不乱状態で歩いているので挙動不審者として呼び止められることはないが、なにを目的として、どこへ行こうとしているのか、そもそもあなたは何者なのか、と問われても全く答える術を知らない私は、無期懲役を科せられる気がする。子どもの頃は刑事になりたかったのですよ、とだけ言ってひとまず警察官の心証をよくしておこう。それにしても交番にひとりづついる警官は、ただ佇ち尽くしているだけではなく、ひとりづつ口をすぼませて、シャボン玉を飛ばせてほしい。一般市民に安心感を与えるために。柔道、剣道、だけではなく、シャボン玉道だって奥が深いぞ。
 丸井があって放射線状の道路があって、ようやく池袋西口に漂着したようだ。
 「池袋まで」とだけ念じて歩いてきたので、これからどうするのか見当もつかない。なんの目的意識もなく、ただ歩くためにのみ歩いてきたのだ。風景を楽しむのではなく、まして健康のためになんかでウォーキングしているわけじゃない。自分が、この世においていかなる存在であったか、なんて、もうどうでもいい、武蔵野台地を5時間近く疾走してきた、というだけだ、失踪者のように。
広場から駅へと真向かう人々の背中ばかりが、眼前にある。駅の入り口は吸水口、みんなそこ引っぱられているが、目的のない私は逆にはじき出されてしまうような感覚だ。何時間も飲食はしていないので、とりあえず猛烈に咽喉が渇く。マクドナルドでゼロコーラを飲むだけでは癒されない渇き、もうバッカス、アルコールに頼るしかないか。
 「夕弓酒場」というネーミングにひかれて東口駅前の居酒屋に入ってしまう。午後4時というのに満席状態。一人客用のカウンターに坐らされて
「ご新規さん、ウーロンいっちょう!」
 若き女酋長マタハリの遠吠えのような女声が店内にひびきわたる。店長格らしい25歳ぐらいの元渋谷系ギャル風が、店を取り仕切っていることがわかった。アルバイト店員への指示が的確で、かつ容赦がない。
「聞こえないの!あんたの声じゃ。誰がなにを注文するのか、わからないんだよ!」
 意思表示のはっきりしない者は、この世では淘汰されるっていうこと・・なんか自分に言われている気もする。
 ウォーキング大会に参加して一位になったわけではないので、小平から歩きとおしたんですよ、と女酋長に自慢するわけにもいかない。打ち消すことの出来ない思いがあって、ただたすら歩いて来ましたと、誰に告げればいいのだろう。とりあえず、ウコン茶割りを追加する、名物らしき「あきれるほどふわふわ揚げでっせ」とともに。いつもたすきがけにしている黒かばんから、私は宇宙本を取り出す。カバンには宇宙に関わる本しかなく、武蔵野台地と銀河系が直結しているというインスピレーション、宇宙マップを、ここで取り戻すのだ。
 宇宙の絶景、究極に夢見られる場所とは、どこにあるのだろう・・・。
 実年令なんて世間が名付けた仮初のもので、それに沿って命があるわけではない。地球年令、それを超えた宇宙年令の尺度で生きているのだ。

「宇宙で最も明るい天体は太陽から54億光年離れたクェーサー3C345です。真ん中に揺らいでいるのが巨大なブラックホールの入り口で,、そこから高速のジェットが噴出しています。クェーサーは宇宙最大のエネルギーを放っている天体で、毎年太陽を1個ずつ食べることで莫大なエネルギーを放出し続けています。クェーサーのエネルギー源は、ブラックホールに吸いこまれた物質の重力エネルギーが変換し、解放されたものです」「私たち自身を含めて地球上で目にする物質はすべて、元をたどれば宇宙のどこかで、、星が生まれて死ぬ過程でつくられた星くずのかけらでできているのです」(Newton、ムックより)

 そのブラックホールの入口の幅だけで、新幹線に乗って100年ほどの距離だという。クウェサー3C345、恐るべし。何しろ毎年太陽を喰らってしまうエネルギーなんだから。天体の中心を貫くジェット気流の巨大噴出力が、背骨にぞくぞく伝わってきてしまい、ウコン茶割りを5杯も飲んでしまった。
 30キロ近く歩いて、最後は星屑となるばかりか・・・
 店を出て、さてこれからどうしよう。

  打ちっ放しのコンクリートの灰褐色の壁面が四肢を取り囲み、それは次第に広がって空間を作り出していた。低い音程のジャズが、静かに流れている。
 ジャズは嫌いではない。時に身体の奥まで馴染み、恍惚に浸ることもある。今流れているのは、コルトレーンの「佳き日があれば」か。ピアノがまだ見ぬ星座を呼び出し、ベースがそれに呼応して胸の旋律を目覚めさせる。それを混交させるコルトレーンのサックスの離れ技!しかも押し付けがましさは微塵もなく、調和のヨロコビを伝える諧調、音の飛沫を浴びればいいだけ、それがライフだ、という感覚。

 カンパリソーダのお代わりは?
 つま先だって妙に顔のひょろ長いウェイターが、腰をひょろょろ動かして近付いてくる。
 お代わり?カンパリ?
 目の前の、やはり打ちっ放しのコンクリートのカウンターテーブルに、赤褐色の液体が3センチほど残って、気泡が光っている。
そうか、記憶をなくすほど泥酔して、「バルカン城」とかいう、いかめしいて店名に惹かれて、傾れこんだのだっけ。地下に通ずる曲線の階段を、ひたすら下り降りた気がしたが、そうでなかっかもしれない。
 3センチの赤い液体を0にして、もう一杯、という代わりに右手の人差し指をたてた。

 カンパリ・ワン!

 ひょろ長は蒙古犬の遠吠えのような声をひびかせて、またくにゃくにゃと去っていった。全身がムンクの叫び声のような奴だ。そういえばこの世の気配全体が奇妙に揺らぎ続けていて、身の置きどころがない。私は泥酔してこの店に入ったことまでは覚えているが、それ以前の自分がなにものであったのか、ということが、なにも浮かばないのに愕然とした。たすき掛けにしていた黒いカバンを開くと「宇宙の絶景」という本が出てきて、武蔵野台地をひたすら歩き続けてきた宇宙人じみた男の背中が浮かんだ。それは誰だったか・・・

アタリィ、アタリィ、ドンペのシャンパン奢りだかんね・・・

はしゃいだ声が間近でひびく。すぐそばで、女性が、まわりにホストを従えてダーツをしているのだ。耳元でしゅるしゅるしゅるしゅる風がひびいて矢が奔りつづけている。
 私はダーツゲームのルールを知らないし知ろうとするつもりもないが、すぐそばで矢が飛び交っているのを見ると、標的を捜すしかない。標的のど真ん中に的中させたロングヘアーの女性が、両腕を捻ってよろこんでいる。馬の尻毛のような前髪が額に降りかかるのを何度も何度もかきわけて、もう若くもないロングヘアーの女が、もう若くもない標的に向けて、矢を放とうとしている、何度でも何度でも。
 野放図に明るい女性が昔から苦手で、今、目の前で無神経にダーツに夢中になって矢を放っている女も嫌い、大嫌いだ。けれどどこかなつかしい気もする。
 二度と近付くな、けれど二度と遠ざかるな・・・みたいな気分を共有しているん、じゃ、ないか、か、か、か、、、。
 句読点が少し余分な人生だったのだろうか。ダーツの羽が的にたどりつくまでには、たくさんの句読点が在り、そして的を外してしまうのは言うまでもない。目の前に、句読点からはみ出した血沫を散らして、カンパリソーダが運ばれた。ダーツの標的は俺だったのか・・・・・。
野放図に明るい女性の手から放たれた矢によって、心臓を貫かれたら、それはそれで本望の生き方ではなかったか?

 ビルとビルの隙間から、細い夜明けの空が覗いて、雫が途方もない宙空の奥から零れてくる。太陽系唯一の都市を有する天体、そのめざめに向き合っているのはわかったが、身体のふしぶしが痛い。ここは新宿3丁目・・・あたりらしい。というのは「しんじゅく3丁目プリティ」のブリキのプレートが、ぐにゃぐにゃに折れ曲がって隣に横たわっていたからだ。酔いつぶれて、ここを塒としたらしいが、池袋の「一軒目酒場」以降の記憶が曖昧だ。
「バルカン城」という店に入ったのか、夢だったのか、もう定かではない。
 ダーツの標的にされたか、されなかったのか・・とにかく生きていておめでとう、自分に告げて起き上がる。
 新宿で酔いつぶれて、ビルの隙間で一晩明かす・・・30代以降、なんどもやってきたことだ。けれど私はバーチャルではなくそのまま死体となってもおかしくない世代となっている。死体と自分の区別が、そろそろわからなくなっているのだ。
 「バルカン城」で、ダーツの標的にされたかどうかなんて、もう、どうでもいい、ダーツの矢を、宇宙最大の天体、クゥエーサー3C3456の導くジェット気流に乗せて、放てばいいんだ。

(続)窓を求めて夜空をさまよう、難破船のように

知らぬ間に後楽園駅まで来てしまい、方位がわからなくなって歩道橋を上ると、そこから先はまた、異質な都市の気配が漂いはじめる。
 後楽園駅前の歩道橋を、うっかりのぼってしまうと、夕闇と銀河のただなかに属する領域にまぎれてしまう。
 取り囲む高層ビルの窓を見回すと、とりわけ薄い窓のいくひらが薄紫に発光して、そこから、ぼんやり浮かぶ少年少女の翳がある・・・。ああ、これは「窓、その他」の懇親会に行きそびれて迷ってしまった「その他」の魂だとわかった。大人たちの感性からはぐれてしまった少年少女たちだ。銀河強制収容所に送られるまでの猶予期間を、やわらかくやさしく過ごしていますというように。その薄紫の窓は、あてどなく流れ寄ろうとしている難破船の気配を呼吸しているようだった。輪郭すら危うい少年少女たちはこれから漂着する難破船に乗って、銀河の果てまで、その魂を流されにゆくのだ。

 気づかざりし眼下は線路おびただしき薄緑色の窓ながれおり  晶太

 地中に埋もれた地下鉄線の線路には「地下鉄船」が難破船のように揺らめいている。・・・さっきまで乗っていた都営大江戸線は、江戸の地中深くを走り続け、孤島のような地下駅と地下駅を繋いでいた。その地中で薄緑の車窓は発光し続けていた。そして私は地下鉄船に乗って「春日」駅に漂着し、その薄緑を身に纏いつつ「近くの会場」を捜し求めているのだった。やがて地下鉄船は浮上するはずだ。少年少女を彼方へと運ぶために、風説のように出発するはずだ。

紫の葡萄を運ぶ船にして夜を風説のごとく発ちゆく  安永蕗子 

 難破船に積み重なって運ばれる少年少女たちは、次第に薄紫となって溶け合い、発酵してゆくだろう、そして数億光年後の宇宙の彼方では、琥珀色の美酒となって溶け合っているに違いない。

 そして窓を、未完の窓を、その彼方にあって、どこにもない「近くの会場」を捜し続ける私も、次第にこの世からはみだしつつある存在になっていった。

窓を求めて、夜空をさまよう

 

 昨晩、内山晶太歌集「窓、その他」の批評会・懇親会があって、私は案内状にあった懇親会に丸をつけたので、文京区春日にある会場の区民センターに出かけた。案内状では「午後4時半批評会終了の後、5時半より近くの会場にて懇親会」とあったので、ともかく表記されていた都営線「春日駅」A2番口をめざした。
 しかし「近くの会場」とは曲者だった。5時半ころ区民センターについたが、会場となっていた3階の会議室は真闇、職員に聞いても懇親会の場所は知らないとのことだった。仕方なく区民センターの一階に戻ると、数名の警官が待機、マスコミ関係者らしき人々が十数人並んでいる。「区民センター」自体が、とてつもない事態にまきこまれているらしいが、内山晶太歌集とどう関わるのかは、判断できない。
「窓、その他」はテロル?
 この偶然はなにかの暗号かも知れないが、内山氏が行方不明になった気配もない。多分、歌人たちは穏やかに区民センターを後にしたことだろう。
 東京のチベットと誤解されている小平市から、都心の文京区まで多額の旅行費をかけて来ているので、このまま帰るわけにもいかない。「近くの会場」を求めて、酒場らしき店を覗きこみつつ歩く。大通りが縦横に伸びる殺風景な一帯で、庄屋、韓国焼肉店、和食屋等、大ぶりな店は少ないので、すぐにヒットするかと思ったのに、どこもがらんとしていた。
 「近くの会場」は、近場を捜せば捜すほど遠くなってしまう。
「近く」とは何なのか、空なのか地下なのか、すぐそばなのか・・・。
 地下広場にテントを張って、秘密のパーティを始める歌人群落、そこには窓がないのか・・

夜はビルの丁寧なひかり尋ねれば窓になりたい窓もあるべし  
手をつなぎたくなる夜の風よるの風上にくらやみは帆を張る 「窓、その他」より

 「近くの会場」はついに見つからず、「春日」から「後楽園」へと続く空中廻廊のような遊歩道を彷徨い続けていると、無数の「窓になりたい窓」の気配が、伝わってきた。「くらやみの帆」も張りつめてくる。
胸に張りつめたくらやみの帆を、彼方の窓に解き放てば、「近くの会場」に辿りつけるかも知れないと思って、さらに歩き続ける。

 教えてください、誰か。「窓、その他」の懇親会が、ある場所を。
夜の風と風が、手をつなぎあっているところまで

マッチ売りの少女のマッチする音

 12月になるとマッチ売りの少女に会いたくなって、なんだかそわそわしてくる。正確にはマッチ売りの少女のマッチをする音が聞きたくなるのだ。

「シュッ! 何という輝きでしょう。何とよく燃えることでしょう。温かく、輝く炎で、上に手をかざすとまるで蝋燭のようでした」

 胸の奥から、ぽっと、ひかりの種子が芽生える感じだ。
 アンデルセンの「マッチ売りの少女」には、火を放つ究極のときめきがある。貧しい可哀想な少女のお話しではない。時限爆弾のようにたくさんの悲しみを抱えていたとしても、いっぽんのマッチの炎だけで、それを天国の光景に変える、夢見る力がある。
 人生は謎であり、徹頭徹尾理不尽だ。マッチ売りの少女は、その不可思議さに火を放ったのだ。

「マッチ売りの少女」がマッチ擦る巷 幻世に芭蕉は泪そそぎて    雅人

 マッチ売りの少女と芭蕉は、理不尽な現実世界のアマルガムを純粋化した精神として、火と水のイメージとして、あえかに交錯する気がした。

 とほくからシュッ、シュッ、シュッ、と火花の散る音が、微かに響いてくる。 
  水のうえに一瞬放たれるひかりの種子たち---

 あなたとこの世で会うことが難しくなっても、夢の植民地のような場所を求めて、その種子を蒔くようにしたかったのだが・・・

夜の雨のひとつぶづつに触れてゆく無理に呼吸するのをやめて  雅人

炎暑の頃

 今年三回目の猛暑日、昼前の小金井公園に行っても、暑さのためか人影は少ない。烏ばかりが嘴を開けたまま炎熱を吐き出している。烏の嘴の奥は真紅で、確かに炎を呑みこみ続けているのだろう。

一羽づつ炎暑を呑みて吐き出せる烏紅蓮の魂となりつつ

小金井公園は木蔭の宝庫で、盛夏こそ生者も死者も、どっと繰り出すべきなのに、どっちつかずの自分だけが、木洩れ日を踏みしめている。
 木洩れ日は宇宙の水面だ。薄く透明にきらめくものたちだけが、そこを浮遊することが赦される。木洩れ日は、さあっさあっと、ここに生きているすべての色彩を溶かすのだ。シベリウスのヴァイオリ・ンコンチェルトのように。
木洩れ日に浮かぶ薄き殻、薄羽、葉脈、みんな漣のいろ

 烏翅と蝉翅と蝸牛の貝殻と空蝉と夏落葉を拾った。どれも不可思議な虹色を帯びて、風と光りの気配を綯い交ぜにしていた。そのすべてに夏盛光の痕跡がある。身体の根っこからプラズマのように沸き起こる真新しい炎暑の気配を、どう扱えばいいのだろう。
木蔭の下には限りなく楽しい気配が満ちているので、そのプラズマを身体に呼び覚ますべく、踊り始める。自分が踊るのではなく、自然に周囲の空気の気配に呼応して、身体の動くにまかせるのだ。
 昨日、上野の古代ギリシャ展で観た、前2世紀の「踊る少女」の塑像が蘇る。
いづれおっさんになる(若者)の円盤投げも、宇宙に迸る肉体性の謳歌ということで、足指の屈折に瞠目した。踏みしめる親指、それを支える四本の足指。
 円盤をこの世界の果てまで、投げ上げようとする青年に比して、「踊る少女」の塑像は、身体を隠すために纏わりついた縞模様を、ぐるぐる回転させているだけのようだ。しかしそこには、見えない音楽、リズムがある。不思議なことに、円盤まわそうとしている兄ちゃんには、その音楽が聴こえない。
もちろん英雄たる円盤兄ちゃんには、周囲から賞賛のリズムが鳴り響いていたはずだが、その場限りの響きに過ぎなかったと思う。
 前2世紀、ギリシャの小都市で、幾重にも様々な色彩で織りなされた装束を纏って、小さな広場で、ゆらゆらと巡りながら踊っていた少女を憧れやまない。
どんな音楽で、どのように踊っていたのか・・・。陽盛りのなかを浮き沈みする、帆船のような日傘を、ふと思い出す。あなたは音楽だったのだ。
 

陽盛りに日傘の影を運びゆくあなたと呼べる帆船ひとつ
溺れゆく鳩をひととき掬いたる日傘思えば日傘は帆柱
逃げ場なき生き物たちよばさばさと日傘のなかに集まれ集まれ

 木洩れ日はあったのだろうか?

地デジ゜移行に関わる若干の考察

 砂嵐を眺めていた。砂丘のなかのひと粒として、私もまた微塵に砕けて飛び回っているようだった。古ぼけたブラウン管のなかで。ぼっと眺め続けていてもなにも変わらない。他のチャンネルを回しても、みんな同じ砂嵐だ。
 きっとこの国は、一夜にして廃墟と化したのだ。いつかそうなると確信していたが、ついにその日がきたのだ。

「もう、いいの」
「・・・ああ」
 妻が不機嫌そうな声を出しつつ、アナログテレビ最後のコードを引っこ抜く。ぶつりと途切れた真空の闇。そこにしか生きる場所がない。
 「地デジ移行」はわかっていたが、(なにしろ戦後初ともいえる、メディアを使った国家的洗脳キャンペーンだったから)これ以上の文明開化は必要ないと思っていたので何の対策もしてこなかった。結果として、この砂嵐である。
その時、チャイムも鳴らさず玄関の扉を開ける輩がいる。
頭髪を七三にぴっちり分けて銀縁の眼鏡をかけている。半袖の開襟シャツのボタンを胸元まで留めているのが暑苦しい。不倫騒動とかで更迭された、原子力保安委員の何某にそっくりだ。(まさか転職したわけではあるまいが)
「NHKですが、テレビの受信契約はお済みですか」
 きょとんとしてしまう。ここへ越してきた15年前にNHKの集金人が来たことはあるが、その時はまだアンテナも設置していなかったので帰ってもらい、そのままになっていてたのだ。よりによってアナログ放送終了の日に来るとは。
私は人差し指を垂直に突きたてた。レオナルド・ダ・ヴィンチの描いたヨハネのように、天国を示唆したわけではない。「外に出て屋根をみよ」と奥床しく暗示したのだ。しかし律儀さだけが取柄の集金人が気付かないので「地デジ化してないの。屋根のアンテナみたらわかるだろ」と不機嫌につぶやいた。
「うちはもうテレビ観ないんですよ。一緒に砂嵐でも眺めますか」
 ほんとうに一緒に砂嵐を観ようと思って、15年前の乾涸びたかりん糖や出がらしの番茶の用意をしようとしたのに、集金人は苦笑いを浮かべて、そそくさと帰っていった。

 そういうわけでテレビ無しの日々が始まったが、少し物足りないが不自由ではない。静かな森のなかでテント生活をしている気分だ。コメンテーターの戯言等を聞かずにすむので、大脳皮質が休まる。ただ夜になると、なんとなく手持ち無沙汰になるので、図書館で紙芝居を借りることにした。娘が幼い頃は、毎日絵本とか紙芝居の読み聞かせをしていたことを思い出したのだ。
 なんでもよかったので、図書館の書棚から適当に引っこ抜く。

 「ちゅうしゃに行ったモモちゃん」
 なんとなく痛そうだ。
 「豚になった黄金仮面」
 わけがわからない。
 「テレビを観なくなったワケあり家族」
 うちのことか。紙芝居業界は大丈夫なのか。
 「牛飼いとやまんば」(ヤマンバギャルの話ではないらしい)
 まあ、このへんが無難だろう。

 いそいそと「牛飼いとやまんば」を抱えて家に戻ったが、紙芝居は「劇場」であり、誰か観てくれる人がいないと成立しないことに気付いた。家の者が相手にしてくれるとは思えないし、隣近所から子供を借りてくるわけにもいかない。とりあえず自室にこもって、景品にもらった手のひらサイズのカピワラのぬいぐるみに向けて読み聞かせることにした。
 仕事を終えて牛を連れて山中を戻る男に、やまんばが襲いかかるという民話だが、感情移入すると結構空恐ろしい。

「牛飼い、さばをくれぇ」 (腹の底からうなるような声で)
 というように、ひと言ひと言に、どう読め、という注釈がつくのだ。やまんばの要求はつぎつぎエスカレートして,牛をくれぇ、おまえをくれぇ・・・と、とことん牛飼いを追いつめてゆく。声にすら出来ない牛飼いの恐怖が、次第に画面にほとばしる。命からがら民家に逃げ込むが、それは他ならぬ「やまんばの家」だったのだ!そして、信じられぬ結末が用意されていた。(詳しくは言いません。知りたい人は勝手に調べてください)
 神の声色を使ったり、やまんばに煮え湯を呑ませたり、この牛飼いはタダモノではない。その感情の変化を声の変幻で示すのが紙芝居の醍醐味で、ひとりで読んでひとりで興奮してしまう。カピワラ人形もひっくり返って、こころもち腹をピンク色に染めてひくひくしている、ようにみえた。
 次は、ははまだひろすけの「泣いた赤鬼」を借りてこようかな、赤鬼と青鬼の心理の屈折、善と悪を、微妙な声の変化で表現してみたい・・・紙芝居から思わぬ世界が広がってくるようでわくわくする。電動紙芝居(テレビ)が根こそぎ奪っていた想像力の質を回復するのだ。
 
次の日「泣いた赤鬼」の紙芝居を持っていそいそと自室に入ろうとした時、まずい事に娘と出くわしてしまった。テレビを設置しないことで怒っていたので、なるべく顔をあわせないようにしていたのだ。

「時代の空気が読めなくなるから、テレビ買って!」

(それをいっちゃあ、おしまいだよ)
 

猿橋まで

 死せよ、そして成れ
 このことを体得しないあいだは
 君はただ暗い地上の陰気な旅人に過ぎないのだ
                      ゲーテ「西東詩集」より

最近は心身の空洞化が著しく進行してしまい、雑踏とか車中のなかに混じると、周囲のざわめきが、幾重もの透明な波紋になって反響する。どんなさざめきも水のせせらぎのような束になって魂の空洞に木霊するかのようだ。断崖にさざめく水の気配、そこに溶け込む死の気配だ。水、断崖、タナトスへの衝動・・・は久しく私に纏わりついている情動なのだが、普段は意識の表面に出てこない。しかしこの世と自分の繋ぎ目となっていた艫綱のようなものが、ぶつりと途切れてしまい、方位をなくした漂流物として遣る瀬無く日々を過ごしていると、身の置き所なきまま虚空にジャンプする兆しを待ち焦がれることになる。わが現生のテーマは「愛と孤独と死」に尽きてしまうが、そのどれもが正体不明のまま、ただ水流のさざめきが募るばかりだ。時に胸奥で閃光する翡翠色のときめきに慄きながら。なにかが剥き出しとなり、それを水流に晒してみたいという衝動がやまない。

 その「兆し」は、いつも利用している中央線快速電車に坐っている時やって来た。電車は水平に走っているのに、眼を閉じて車輌の響きに四肢を沿わせていると、垂直に昇りつめてゆく気配が、背筋を這いのぼってくるのだ。以前みた、建築途上の東京スカイツリーの中心を上下していた昇降機に乗っている気分だ。あの時昇降機は未完の塔をさらに突き抜けて虚空に消えていった。昇降機に乗って虚空へと脱出したい、とその時強く願ったことを思い出した。垂直志向だ。虚空に消えても落下しても所詮同じことだ。
 中央線快速電車の座席ごと虚空に吊り上げられてゆく、このまま現世から離脱できたら本望だ、その後失墜するとしても・・・。だが眼を開けると正面の座席に、両又を大きく広げて口を半開きにして寝入っている若いサラリーマンが眼に入る。最近の流行なのか、平べったく尖ったカモノハシの嘴のような革靴を履いている。こんな奴とともに虚空に消えたくはない。蹴飛ばしてやりたくなるのを我慢して再び眼を閉ざす。兆し、虚空に脱出する兆しに意識を研ぎ澄ませて。

猿橋だ、猿橋に行こう、猿橋しかないね、世界中にたったひとつしかない猿橋に---背骨をサタンめいたしゃがれ声が這いのぼる。
 猿橋が無限に遠く夢幻に淡い、虚空に架かる橋として、こころに揺らいでやまない。この世を脱した真空地帯に揺らいでいる木橋。
猿橋というのは山梨県の中央本線途上にある小駅。日本三大奇橋に指定されている「猿橋」がある。甲府市が故郷なので、甲州街道沿いにあるこの宿場街には馴染みがあり、少年時代は中央本線に乗ると間近で猿橋が眺められたものだ。(今はルート変更されている)
 何年か前、猿橋駅近くの橋から投身者が跡を絶たず、自殺名所となっていると報道されていた事も思い出した。水と断崖と死を統べる橋・・・そうだ猿橋に行こう。事務所に向かうはずの中央線快速電車の上りを中野駅で降りて、下りに乗り換えた。カモノハシのサラリーマンは、いつのまにか消えていた。

 高尾駅から甲府行きの普通車に乗り換える。少年時代は「鈍行」と呼ばれていた筈なのに、いつから「普通」になってしまったのか。到底フツーではあり得ない私は「鈍行男」であり、鈍行に乗るしかないのだ。そこから幾つものトンネルをくぐり抜け、30分ほどで猿橋駅に着いた。小さな駅前広場には黒塗りのタクシーが一台、千年後に来そうな客を待っている。看板のない商店が一軒あって、菓子パンとかポテトチップが置かれている台がサッシの窓越しに仄かにみえて、ウラサビ感(裏寂れた感覚)の漂う駅だ。すぐに甲州街道に出る。旧街道はどれもそうだが、道幅が狭いのに車の往来が激しい。アメリカンドッグやピザ、たこ焼きを売る屋台風の店舗が、値段の札を貼り付けたまま街道沿いに放置されている。赤っぽい屋根はぼろぼろ、おそらく10年以上そのままなのだろう。街道沿いに十数分歩くと猿橋に着く。谷あいの難所に、一本の釘も使わず橋を架けるという、奇跡の技術が生かされた橋なのだ。猿が手と手を繋ぎあって谷渡りをした、あるいは藤蔓を命綱として谷を越えた姿をみて考案されたといわれ、最初の橋は1200年前頃に架けられたという。通常の橋のように橋脚を用いず,両岸からせり出したはね木を支点とする特種な工法が伝承され、何度も架け変えられて現在に至っている。猿橋自体は長さ数十メートル、幅二メートルほどの木橋で、崖と崖を繋ぐ天空の廻廊といった佇まいだ。橋をささえる木組みが鍵盤のような形に整えられて美しい。断崖は垂直に切り立ち、眼下の桂川の水流も速いので、往時の旅人には難所だっただろう。橋は命を繋ぐ場所として必要だったのだ。見下ろすと崖は川面の水明かりを反映して薄緑に揺らいでいる。水と光りのさざめく橋であり、ここから飛び込みたいと思う人は滅多にいないだろう。猿橋を渡って少し街道をのぼったところにコンクリートで築かれた「新猿橋」がある。ここは眼下20メートル位、河床に沿って視界が広がり、釣り人がちらほらみえる。
「虚空に脱出する兆し」に導かれてここまで来たが、ジャンプするつもりは、まだない。冥府には落ちてみたいが、その後何処へいけばいいのだろう。河床に叩きつけられて絶命するまでの数秒、それまでの人生のすべてが凝縮されて眺められる「パノラマ視現象」が現われるといわれる。それを無性に体験したいのだが、死骸となった瞬間から、その圧縮された記憶のすべては失われてしまう。死とは単純に死骸となることでしかなく、実際の死は体験できない。眼下20メートルの距離には<死>という実在が隠されているが、それは無限に近く無限に遠いのだ。

 黒いスコッチテリアを連れた男が、河床を眺め続けている私を最前からそれとなく観察している。大丈夫、こんなところで飛び降りたりはしません、。私は自殺志願者ではない。心身の空洞を持て余して、虚空に向かって自分は何者なのか、あるいは何者ではないのかを問いかけにきただけだ。プライベートな理由で死を選ぶほど愚かではない。
 欄干から離れて猿橋駅へと戻りはじめた。甲州街道沿いを歩いていると地に足がつかないというか、身体がふわふわした感じになっている。虚空を眺め続けたせいなのか、微妙に現実感が薄れている。
 駅近くの街道沿いに、猿橋でただ一軒のコンビニ店があり、その傍らを県道が通っている。すぐに桂川に架かる橋があって、赤く塗られた橋桁がなんとなく不吉めいていて、最初に通った時にも気になっていたので、吸い寄せられてしまった。橋名は特にないらしく「桂川」という看板だけが掲げられている。新猿橋と変わらない高さと橋幅だが、渡りはじめると何ともいえない不安なさざめきが心身の空洞に響いてきた。無意識のうちに呼ばれていたのは、この橋だったのかも知れない。<私>とは壊れやすい未完の塔であり、様々な夢を危うく積み上げてきただけだったという思いが、不意にこみあげてくる。崩落の予兆のように。心身に積み上げられた夢の塊が、歪みはじめ軋りはじめていていた。なんだか真っ直ぐ歩けない。

 橋の半ばまで来ると薄紙に包まれた花束が二つ、道路上に置かれていた。まだ花々は呼吸づいているようなので、この場所で身投げした者のために最近手向けられたものだろう。青い花房が覗く、矢車草だ。自殺の名所、というのは明らかにこの橋のことだとわかった。思わず両手を組み合わせた。
 欄干は腰のあたりの高さのため、少し身を傾けるだけで落下しそうだ。うっかり眼下を眺めてしまうと、薄鼠色の水流が渦をまき、引き摺りこもうとする強烈なエネルギーが発せられている。方向が逆向きになってしまったのだ。上から下へ、ではない。下から上へと、水流が私を飛び込ませようとしている。欄干を越えて、否応なく死が現実を鷲摑みにしてきたのだ。<私>の意思ではなく、この橋の<場>の力が、そうさせようとしている。ここで命を落とした人々の集合的無意識が螺旋状のエネルギーとなって圧倒的に押し寄せた。夢の塊が、まずがらがらがら崩落してとどめようがない。
 身動きが出来ない。飛び込むことも地上にとどまることも出来ない心身亀裂状態に陥りつつ、ふわんふわんふわんと身体が吊り上げられた。<私>から私がはぐれて<>の断片が、虚空に向かって飛び散ろうとしている。

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 頭部が砕け、眼球が跳ね跳び、五臓六腑はぐしゃぐしゃに潰れ、外形も留めぬまま崩れた物体と化した自分の死骸を、一瞬垣間見た。その時、水流に翡翠色の閃光が奔り抜けて、欄干から身を乗り出そうとする自分を押し止めた。なにかに縋らなければ落ちてしまう、と咄嗟に思い、手元の花束を閃光に向けて投げつけた。自分の身代わりとするかのように。

 青い矢車草の花束が、ぱらぱらと一本づつ離れて、めくるめくように宙空に渦巻き、水面にとどく前に、ふっと、それぞれ虚空に消えた。

                             (未完)

じゃあ、また

 時々、胸の奥で翡翠色の閃光のようなものが奔り抜ける。胸処をつらぬく痛いときめき。

 絲とんぼわが骨くぐりひとときのいのちかげりぬ夏の心に
 心の全きことねがはむに夏深む樹間縫ふ青揚羽     山中智恵子『紡錘』

 ときめきと死の予兆とが、分かち難くひとつのものであることを、最近ますます強く感じるようになった。
 この世の身丈に自分の身丈を合わせるのが、煩わしくなってから久しいが、それでもなんとか体面を取り繕って生きてきた。しかしどこにいてもなにをしていても「この世からはみ出している」という感覚に包まれてしまう。この世への絶望感とか疎外感ではない、なにか別の尺度で宇宙の時空に自分が繋がっている、という意識が閃くのだ。

    ※

 稀に、ときめきだけが、フラッシュバックする。
視界の果てに、ぶらんこの立ち漕ぎをしている両脚の弾みがみえる。

    ※

 女の子は両頬をいっしんにふくらませて、たくさんのしゃぼん玉を吐き出していた。しゃぼん玉はひとつひとつ色や大きさが異なる。それだけではなく、それぞれ消え方が違う。それに気付いた時、女の子の瞳からおおつぶの涙が溢れた。その涙はこの世にまぎれないしゃぼん玉となって、青空に吸い込まれていった。

 じゃあ、またね、このあたりで終わります

宙飛ぶ海蛇

 屋根付き商店街、つまりアーケードは、それが全国に現われた昭和30,40年代はとてもモダンだったのだが、いまや一部の街を除いて、うら寂れた街区を象徴する存在と化しつつある。特に屋根が錆びついたままになっているようなアーケード街は、それに呼応して開店休業中の商店が並ぶことになる。

 こころが古いアーケード化しつつあると魔物が棲みやすくなるのか。

 錆びついた屋根の架かる地方都市のアーケード街を、海蛇が飛びまわる夢をみてしまった。最初は青いビー玉だったのに、そのひび割れから玉虫色の蛇の幼虫が生まれて、転がるたびに青光りする鱗をもつ蛇へと変身していったのだ。海蛇なので、地上の空間を海として、くねくね身を躍らせて、地上を這ったかと思うと一気に浮遊するのだ。全身からぬめぬめと毒液のようなものを滴らせて。どこにどうへばりつくのかわからないところが恐ろしい。海蛇が舞い上がるたびに、うぁぁぁぁぁぁ、というどよめきが商店街にひびき渡り、いつもは人気が少ないのに、どこから湧いてきたのか、たくさんの買い物客が、パニックになり走り回っている。体長は1メートルほどだが、飛ぶと倍になり、べたべたと皮膚に絡みついて奔ってゆくので、ばたばたと人々が倒れてゆく。

「あんたは専門家なんだからなんとかしてくれ」

と、防災頭巾を被った老人から、断ち切り鋏のようなものを、いきなり手渡される。こんなもんで蛇が斬れるのか?おまけに蛇伐りの専門家だったことはない。
 しかしともかくも正義感、タダシキココロ、が試されたのだ。小さな親切運動で、お婆さんの手をとって横断歩道を渡ったということで、朝礼で名前が読み上げられた小学5年生の時以来の光栄だ。

 鋏を頭上でかざしてチョキチョキチョキと開閉すると、海蛇は姿勢を変えて戦闘態勢をとっている。蛇は閃光のようにまっしぐらな姿勢をとったときがもっとも美しい。深海の裏側の青が一瞬発光する。その胴体の真ん中を断たんと鋏に力をこめる。夥しいエメラルドグリーンの血、あるいは毒液を浴びてしまった、浴びてしまった、浴びてしまった・・・。
 目覚めると、生身の自分がのたうちまわっている。

 海蛇を夢のなかで、きちんと断つことが出来たんだろうか。
 断てなかったら、形を変えて、きっと、この世に戻ってくるんだろうね。

未知の囀り

 

 

 熱は下がったが、全身が虚ろのまま、どこにも力が入らない状態が続いた。
 聞き覚えのある囀りが、空っぽの身体に響いた気がして、目を覚ました。五月の夜明けの気配が、家の内外にうっすら広がり始めている。その当時住んでいた家は甲府市街を見下ろす高台にあって、背後は「愛宕山」と呼ばれている丘のような山が連なる住宅地なので、夜明けとともに様々な鳥たちが囀りはじめる。子供の頃から夜明け前の鳥たちの囀りには自然に馴染んでいるので、異質な響きが混じれば、すぐ聞き分けられる。鳥たちの囀りは、夜明けの気配とともに地から湧き上がるように、さざめきあうものだ。しかしその囀りはチィ、チィ、チィ・・・と、どの鳥声とも交じることなく、単独であちら、こちらと彷徨っているのだ。虚ろな身体に僅かに曙光が兆した。もしかしたらチーだ。
 家を出て、囀りの行方を追いかけてみる。
 いた。斜面の葡萄畑を横切る白い鳥影がみえたのだ。その軌跡を追ってゆく。
 段丘に沿って家が建てられ、一軒づつが広い庭をもつ小公園のようで、視界が広いことも幸いした。チーは数十メートル先の民家の庭にある、柿の木の中ほどに止まった。もう朝陽は昇り初めていて、柿若葉の表裏が微風に靡き、葉脈を煌かせようとしていた。
 チーの鼓動に自分の鼓動を重ねるように、柿の木に近付いてゆく。その先は崖なので、そこで飛ばれてしまうと、もう追いかける術がない。
一歩一歩、柿若葉の緑が身に溢れ出すのを感じつつ、柿の木に身を寄せてゆく。
 ついに樹下に辿りついた。若葉の緑の諧調を朝光が滑ってゆく。
  チーは白い羽毛に薄いエメラルドグリーンの飛沫を浴びていた。、
 左右のてのひらをくっつけて、柿若葉の繁みの奥で身を縮ませている一羽に向けて両手拡げてみた。すると奇跡がおこった。チーは、その両手のなかに、さもそこが当たり前の棲家、というように、飛び降りてくれたのだ。首を少し傾げ、両足でぴょんと跳ねて。自分とチーが光りの皮膜に包まれるのをはっきり感じた。なんの手続きもなく、直接命をもつ同士が繋がったのだ。その時繋がっていたのは、チーと自分だけではない。朝陽を降り零す柿若葉、澄み渡る恍惚の青空、その宇宙の断片・・・この世と自分を隔てていた皮膜が破れて、未知のときめきを呼び覚ます風が、身体の芯を揺さぶった。
 一度逃げてしまった飼鳥を取り戻すなんて、生涯にそう何度もない奇跡のひとつといっていいのだろう。いろいろ辛いことが積み重なった少年期であったとしても、この一事だけで輝かしいものに転じたかも知れない。紛れもなく「至福」という宇宙の破片を家に運んだのだ。

それから何十年も経った今、夜明けの気配のなかで、チィ、チィ、チィ・・・と単独であちらこちらと彷徨っている小鳥の囀りに気付くようになったのはなぜなのか。それはこの世のものではあり得ない。

 少年時代の至福体験を懐かしく思い出した、という事ではない。なにか超越的なものの気配が、現在に回帰しつつある気がする。この世の果てにさざめくものたちと共鳴するのだ。虚ろな身体、死にたがりの身体に曙光が兆すように。