純響社編集長・山下雅人のブログ

七、三でいいですか?

新街道と旧東海道の仲仙道に連なる街道とが交差する地帯を、少し入ったところに純響社の事務所はあるが、路地が複雑に入り組んでいて、少し冒険心を起こして違った小路などを曲がると、たちまち迷ってしまう。過去と現在とが微妙にずれたまま交じり合っている一角であり、場合によっては何時間も彷徨い続けることになる。路地に迷いこめばこむほど家の奥から、きらっきらっと硝子や鏡が瞬く気配が濃くなり、それに導かれてさらに奥へと前のめりに歩き続けると理髪店やら硝子店に行き着くのだ。
 路地奥には透明な断片しか売る店しかないが、その断片から途方もない彼方が、さらに生み出されようとしている。だから奥へ奥へと路地の最果てに向けてさ迷うしかない、鏡の国のアリスのように。

 見ず知らずの人形が抱いている夢想に誘われるように、見ず知らずの路地を求めてさまよい続けている、毎日、毎日、だから日々迷宮だ。

 その日も染井吉野が咲き残っている路地に魅かれて、曲がり続けているうちに方角がわからなくなってしまった。すると住宅街のただ中に不意に墓地が現われた。百基以上の墓がありそうだが、高い塀に取り囲まれているため、中はみえず、沢山の卒場塔の先端だけが、この世からはみ出してしまったように眺められる。その時、墓地内から幼児たちの歓声が、いっせいにひびいてきた。だが、あたりを見回しても、幼稚園らしき施設はない。あきらかに墓地のなかから、その声声はひびいてきている。幼い子供の声、というのは、特種な周波数をもったひびきであり、ただひたすら生きるために弾んでいる声のカタマリ、天空を突き抜けるエネルギー体だ。死者たちの沈黙の声声が、ひたすら地下に沈みこむしかない墓地という場所とは、本来、相容れないはずなのに、幼児と死者が相和しているような錯覚を与えられる。
 墓地を遊び場として開放している新しいタイプの幼稚園? だが、日本のどのような地方自治体からも、認可されることはないだろう。

墓地と小路を挟んだ真向かいの場所に「バーバーゆりかもめ」という看板を掲げた、モルタル2階建ての昭和レトロな床屋があって、旧式なねじりん棒がくるめいている。店先にはなぜか、壊れかけたようなおでんの屋台が置かれていて、長年にわたって理髪店とおでん屋を兼務しているのかとすら思えた。この店なら「墓場幼稚園」の事情を聞けるかな、と思って扉を開けたのが運のつきといえばいえた。
理髪店に入るや否や、待ち構えていたように、「ゆりかもめへようこそ」と老夫婦が声をあわせてお辞儀して、3席しかない床屋台に導かれ、老婦人は慣れた手つきでさっと、エプロンをひらき、わたしの首にまきつけた。その間、わずか数十秒。
「七、三でよろしゅうございますね」
 「あっ、はい、」
 訳がわからぬまま相槌したことが、事態をますます悪化させてしまう。
・・・わたしは客ではありません。たまたま通りかかっただけなのですが墓地から幼稚園児の声がびいてきたので、これはいかなることかと、真向かいにあるバーバーゆりかもめさんに立ち寄った次第です・・・
 という言葉を発する前に、熱いタオルが顔面に乗せられ、わたしを乗せた床屋台はずんずん水平化してゆく。いきなり魔術にかけられてしまうのか。

「まず御髪を綺麗にしていただく、それが当店の流儀でございます」
馬鹿丁寧な口調とは裏腹に、この店の断固たるシステムが確立されているらしく、通常ならシャンプー台で行なわれる洗髪を、この場でやるため、盥に汲まれた湯が恭しく台に乗せられて運ばれてきた。老婦人の手により、丁寧に髪が洗われ、何度も盥のお湯は汲み替えられた。なにかしら神聖な儀式のようだ。
 床屋台が元の位置にまで戻され、タオルで一粒残らず髪の水滴が拭われると主人の出番である。小柄な婦人に比べて、主人は老人にしてはがっしりした熊のような体型で、腕には白毛交じりの毛がもじゃもじゃ生えているのに、頭髪はほとんどない。禿げ頭であることと理髪師としての職業能力とは直接関わることではないが、若干の不安をおぼえてしまう・・・っていうか、そもそも客として来たのではないのだ。

 わたしは17歳以降、床屋というものにお世話になったことはなく、何十年にもわたって、「いるかに乗った少年」で一世風靡した城みちるもどきの、旧アイドル系髪型を維持してきた。床屋にいかなかったとはいえ、もちろん伸ばしっぱなしにしていたわけではない。自己理髪店をひそかに開業し、ひたすらおのれの髪を刈り続けてきた。時に無残な失敗はあり、髪が伸びるまで何ヶ月か家に引籠もることもあったが、年月を経るうちに腕をあげて、「みっともね」「あっちへいってけれ」といった無神経な家族、親戚縁者の声は聞かれなくなっている。ジブンだけを納得させて技術を磨くという修業時代を経てきているのだ。「自己理髪師」としての。くどいようだが、自分自身が修業の目的であり、その達成であると客観的に位置付けているので、決してナルシシストではない。そして旧アイドル系とはいえ、自分の生き方を反映して、決して頭髪に筋をつけない曖昧模糊とした髪型を持続してきた。そんな男の生き様が今、崩壊させられようとしている、七、三の名のもとに。

髪型にきっぱり浮かぶ男の花道、男の街道・・・高倉健、渥美清の髪型にその筋道があったかどうか・・・七、三は一度もなかった気がするが・・・。あるいは三島由紀夫も川端康成も芥川龍之介も・・太宰治は七、三からもっとも遠い・・なぜ「髪型から辿る文士の内面」という本が一冊も書かれていないのか・・などと雑念にまみれているうちに、禿熊老主人によって「わが髪七、三化」は厳かに進行してゆく。厳つい風貌とは反比例して、禿熊老主人の手先は実にしなやかに軽やかに、首筋からこめかみに至るまでの髪を刈り込んでゆく。

「お客さん、太くてしっかりした髪ですねえ、日本髪が結えますよ」

 禿熊老主人は、その風貌とは裏腹な、艶めいたなめらかな口調で、わが髪を愛でた。首筋に鼻息を微かに吹きかけて。そういえば17歳の時、最後の床屋に行った時も、東京最西部にあるT駅の理髪店の老主人から同じことをいわれたのだった。もんのすごく無口で幼稚園児が無垢のままそのまま成人したような老夫婦が営んでいる「バーバーことり」で、わたしも死ぬほど無口な高校生だったにもかかわらず、そのひとことだけ話しかけられたことを思い出した。それが褒め言葉だったのかどうかは、未だに判断がつかない。
 だがアイドル系だった17歳の時ならともかく、いまさら日本髪を結ってどのような現世にデビューを果たせばいいのか・・・。ともあれわたしの後半生は、この禿熊老店主の手さばきにより七、三に仕分けられようとしているのだ。

 耳を澄ます。墓地の方向から確実に幼児たちの声は高まっている。

 それでようやく現実に引き戻された。老婦人に熱いタオルを被せられて以来、すっかり客モードになってしまったが、ほんらい墓地と幼児の声との謎が知りたくて入店したのだ。店主の剃刀は、首の真後ろの、針一本刺せば即死するいったいを上下しているので、もう帰りますとはいえない。

「目の前の墓地から幼い声が弾んでいる気がふとして、それでなぜなのかなあ、と思って・・・ゆりかもめさんならご存知かと・・・」
 声が思わず震えてしまう、なんで、ゆりかもめさん、と、この得体の知れない老夫婦をひとまとめにしてしまったのか、後悔の念が積もってくる。だいたい勝手に夫婦と思い込んでしまっているが、もっとワケアリの複雑な人間関係かもしれないのだ。まさかこの問いかけで、咽喉笛を破られることはないだろうことを祈る。

「あああ、この前の墓地はもともと幼稚園でしてね。実はわたしも卒園生です。しらかば幼稚園といいます。それが五十年前に大火事があって、園舎もろとも燃えてしまったのです。飼っていたうさぎ小屋もろともに。もともとお寺さんの所有地だったんで,お墓の分譲地として、今のようになったのです」
 禿熊老主人は、わたくしの髪型の深刻な七三化を進行しつつ、手短に説明を加えた。墓地が幼稚園だったのか、幼稚園が墓地だったのか、その説明では俄かに判断できなかったが、ともかく理髪店と墓地と幼稚園が繋がったことに、ふっと、安堵した。では今聞こえてくる「しらかば幼稚園」の園児らしき声々はどこからひびいてくるのだろう?

「これからはお客様にあった手作りポマードを、作らせていただきます」
 突如、禿熊老主人は断固とした口調で、わたしの頭髪をかきまぜつつ、なにかしらの油成分をスポイトで抽出して、硝子壜に混ぜていた。
 耳を澄ます。すると墓地の方角から、ますます幼稚園児の声声が高まってくる。今、自分用のポマードが作られつつあるということより、「ゆりかもめバーバー」の老夫婦には、この幼児たちのさざめきが聞こえているのかどうかを尋ねたいのに、声がでてこない。そのうちに「新緑月光ポマードでございます」と耳元で囁かれた頭髪料が、念入りにたっぷりと頭部に塗りこまれていった。
 
 耳を澄ます。すると墓地の方角から、ますます幼稚園児の声声が高まってくる。鏡の前には七、三の髪型、特性ポマードで固められた別人格とも思わせるヤマシタマサトが映し出されている。

「3500円でございます」
 エプロンをはずして、ささっと小さな箒で、わが全身を刷き尽くすと、老夫人はきっぱりと言った。
 その値段が高いのか安いのかは、俄かに判断できない。なにしろ何十年も床屋にいったことがないから。
 
三の髪型は風通しがよく、耳はくっきり露出して、この世とあの世のひびきが等間隔に聞こえてくる。いままでは現世がノイズとなって混ざり合っていたのだ、と自分を納得させて「ゆりかもめバーバー」を出るが、以前として墓地からの幼児のさざめきはやむことがなく、それは身体の内側からずんずんひびくまでになっている。地中から沸き上がるような幼い声のパワーに促され、墓地の塀のまわりを歩き続けるが、いっこうに入口もなく出口もなく、悪夢に閉じ込められてしまったかのようだ。。
 ぐるぐる路地をめぐりめぐっているうちに再び「ゆりかもめバーバー」に辿りついてしまった。しかしその店には「本日休業」の札が、ぶらさがっていて、その札をみるまでもなく、もともと廃墟のような店の佇まいとなっていた。黒褐色のねじりん棒がかさかさかさかさと掠れてゆれている。
 すると墓地からの幼稚園児の声が、ぴたりとやんだ。

 おでん屋の屋台がない。老夫婦は、どこにいったのか。
 蒟蒻と大根、つみれに熱燗もいいな・・・七、三にぴったり貼りつけられた、新緑の香りのする髪型を撫でつつ、この世のどこかの路地で開店している、おでん屋台をめざして、さまよっていった。

新入生

 春の暴風雨のただなかに置かれていた電話ボックスからかかってきた無言電話、その彼方からの沈黙の気配が、胸に絡みついて離れない。体内の奥深く眠り続けていたセンサーを仄かに呼び覚まそうとするかのような、微かな波のとどろき・・・人類誕生以前の古代の海辺に打ち寄せていたさざ波に耳を澄ませていた気もする、誰かとともに。
 自分を超えた世界との回路が、不意に現われては消えてゆく。 春の嵐が終焉し、新緑となりつつある幻の巷を彷徨いつつ、謎のような日常に生かされている、という思いが日に日に強まる。
 自分自身が透明な電話ボックスそのものと化して歩いているのではないか、すれ違う誰もがわたしという実体に気付くことはなく、ただすり抜けてゆくだけなのだ。つまりわたしはとっくに消失していて、ただ彼方からの気配に耳を澄ませている存在と化しつつあると折々おもう。
 通勤途上の遊歩道を歩いていると、いかにも新入生だな、と思わせる小学生、中学生の男の子、女の子とすれ違う。まず、体型も歩き方もアンバランスでぎこちない。そしてどの子も真新しいズックを履いている。そのズックは途方もない世界まで歩こうとする気配を蹴り上げつつ、元の日常に自分を馴染ませようと、ひたすら歩き続けている。まかり間違えばこの世から迷ってしまう自分を、立て直そうとするから、学校まで歩く姿がぎこちなくなるのだ。
 これからヒトとして生きていくのは大変だなあ、と思ってしまう。その足音だけが、透明な電話ボックスと化したわたしの内側にひびいてくる。

 わたしも新入生なのだ。入学式は透明な電話ボックスですませた。どこの学びやに入るのかはこれから決める。

花見は暴雨風の日にするものだ(続) 電話ボックス

 その電話ボックスは、桜森のはずれの公衆トイレの傍らに、何年も前から置かれていた。誰もが携帯を持つ時代に、利用者はほとんどいないと思われるが、撤去されることもなく、むしろ孤立を楽しむように佇む姿に、日頃から同士的共感を覚えていた。全方位、透明な硝子張りというのもいい。

この世にあっては無用な存在となりつつ、彼方の気配をもっとも敏感に察知する装置とも思えるから。(隅田川沿の、難破船とも見まがうブルーシートの家も、そのようなものだったが)

 その電話ボックスの全身が今、桜はなびらまみれになって、暴風雨に晒されている。そして内側から呼び出し音のコールが響いてやまないのだ。だからボックスに飛び込み、受話器を取り上げてみるしかなかった。
「もしもしもし、もしもし、もし・・・」
 胸の奥まで、つーんとする沈黙の気配があって、その彼方には計り知れない黒闇が広がっている、と思えた。まだ解明されていない宇宙の暗黒領域(ダークマター)からかかってきたコール・・・。
 じっと耳を澄ませるしかない、沈黙と沈黙とをわかちあう世界のなかでしか出会えないなにか、、、、「沈黙魂」としかいいようのない音なき音、、、、、、、
 ふとあたりを見回すと、周囲の硝子窓にびっしり張り付いた無数の桜はなびらが眼となって、じわっと、わたしを眺めまわし、全身の皮膚に張り付こうとしている。桜花びらは沈黙を見尽くそうとするエネルギーであると、なぜかありありとわかった。
 微かに波のさざめきが聞こえる気がしたが、いきなり電話はきられ、後には救急車の悲鳴のような断絶音がとどろくばかりだった。

 電話ボックスから出ると、風雨はさらに強まり、家に帰りつくと「滅多に折れない蝙蝠傘」の骨数本は折れ曲がり、歪に変形されていた。頑丈なはずの鉄線の傘骨が折れたので、全世界の傘修理人に頼んでも治せないだろう。「滅多に蝙蝠傘の折れない日」をわざわざ選んで花見をしてしまったので、当然の報いだったのか。

花見は暴風雨の日を選んでひとりでするものだ

 暴風雨となった四月某日、桜の散り際をみたくなって、近在では桜の名所として知られているK公園に足を運んだ。突風と横なぐりの雨のなかを、通販で購入した「滅多なことでは折れない蝙蝠傘」をかざして歩き続けた。
 公園に至る遊歩道には、強風のため骨の折れたあまたのビニール傘が転がったり飛ばされたりしているのに、人の気配がない。善良なる市民は、骨の折れたビニ傘に変身させられ、吹き飛ばされてしまったのだろう・・・みんな「滅多なことでは折れない蝙蝠傘」を購えばよかったのだ。
 公園に入ると風雨にまみれた桜木たちが、花びらを飛ばされまいと身を竦めつつ、どうしようもなく花びらを散らせていた。
 散華、散華、散華・・・の真っ最中だ。
 路面には濡れた桜花びらが重なりあって、艶めかしいほどに発色している。
 桜花びらは濡れると人間の皮膚の色にもっとも近くなる。
 ヒトの皮膚から滲み出す脂じみた感覚が、濡れ濡れとした桜はなびらの表面から溶け出してやまないが、そこを踏みにじって歩くのは、なにかしら罪深い。
 「さんげさんげさんげ・・」
と呟きつつ、桜吹雪のなかを歩くと、懺悔の花びらも交じりあうようで、そのひとひらひとひらが舌に貼りついては溶けてゆく。唇をすぼめればすぼめるほど、身体がはなびらをあつめる通風孔になって、自分自身が散華化、あるいは懺悔化されてしまいそうだ。なんというほのかな甘さ、そしてほろ苦さ・・・。この季節はずれの暴風雨のためか。ジブンがサクラとなって溶け出して、地べたに吐き出されつつあるのか・・・散華とはナマナマしい肉体感覚を伴うものでもあった。

くちびるをひらけば散華のはなびらが舌に溶けつつ懺悔となりぬる  
                                 雅人

 桜森のメインストリートである「江戸東京建物園前」の広場まで歩くと、黄色い縞々模様の幾つものテントの屋根が、まだ立ち上がらない姿勢のまま蹲り、ひっそりと風雨に耐えていた。あさってから始まる「桜祭り」の準備のためだ。もう桜は散り尽くそうとしているのに、市政に従って忠実に取り行われるのだろう。
 その本部テント設営のために、全身雨合羽の数名の男たちが懸命に動いている。まず本陣を造らなければ何も始まらないのだ、という決意が、男たちの動作から感じられる。だが、台風並みの30メートルに近い風雨が吹き抜けるなか、作業は難航し、支柱を支えようとした男たちは何度もよろけて、シートは地中に崩れ降りた。ばらばらになった世界を組み立て直さなければ、そもそもこの世は始まらないのだ、というように。男たちの雨合羽も風雨で膨れている。それでも何度も挑戦し続けていた。雫を含んだ桜吹雪が飛び散るなかで。
 なんとか本部テントを設営しなければ、桜が咲いていないのに「桜祭り」を開催する、というこの世の現実との辻褄あわせに間に合わないからだ。その隙間を埋めるように、憂愁、あるいは有終の桜花びらたちが、ばたばたばた風雨に煽られ続けるテントの布にへばりつこうとしている。どんなシチュエーションであれ、男たちが全身の筋肉を張りつめさせて、ひとつの作業を完遂させようという行為は神聖で無駄なく美しい。

 永久に組み立てられることのない「桜祭りの本部テント」を永久革命のように作り続ける男たちの皮膚をめがけて桜花びらは散り続ける、べっとりと皮膚の内側にのめりこむように。

 桜の殆どは地上に散り、地上に溜まり続けて、雨水の空間にさざめいた。
 雨水の桜は、公園全体の水びたしの空間に散らばり、入水した人間の脂を浮かべているようにも見える。
 それは人間の皮膚がびっしりと張りつめてはさざめく、仮初の桜湖水だ。この桜湖水を眺めるためにだけ、最後の花見をするためにやって来たという気がしてくる。 

   花見は暴風雨の日にたった一人でするものだ。

 桜並木のど真ん中にある透明な電話ボックスが立ち尽くしていた。濡れた桜花びらが透明硝子にびっしりとこびりついて、それは「桜宇宙」としか呼びようのない小空間となっていて、雨水に浮かぶ桜並木の空間から、ほんの僅か漂っていた。それはこの世からの漂流物として、桜並木の波間を危うく揺らいでいた。
 そこから呼び出し音が響いたのだ。
 びっしりと隙間なく桜花びらの張り付いた電話ボックスに、思わず駆け込み、受話器をとる。誰が、なんのためんかけてきたのか?

 受話器の彼方にはとめどない沈黙の気配が広がるばかりだ。

(びっしりと桜はなびらの張りついた透明な電話ボックスに閉じ込められた経緯については、またいづれ)

隅田川の難破船

花冷えの日曜日、ある会合があって浅草まで出かけた。早目に着いたので、浅草橋駅で降りて隅田川沿いの遊歩道を歩いた。青いビニールシートで覆われた塊が、ぽつぽつと並んでいて、それはまぎれもなく「家」なのだった。ピラミッド型や饅頭型、マッチ箱型など、それぞれ造型にも工夫が凝らされていて同じ形はひとつもない。人ひとり分の大きさが、家の形になっていて、青いビニールシートごと呼吸しているようだ。共通しているのはブルーで統一されているってこと。ピンクやブラックやイエローのビニールシートというのは無い。そういえば花見の茣蓙、事件現場を遮蔽するカバーなどもブルーシートだ。ブルーは防御、抑制の効果があるのか。ブルーシートの家の内部には、しんと人の気配を打ち消しつつ、まぎれもなくそこに命のカタマリがあると感じさせる何かがある。そこには新聞勧誘員や保険会社のセールスレディが訪れることはなく、新興宗教の布教者すら近付かないだろう。ただ人の生身の沈黙が家の形をしているだけだ。けれど窓も玄関も郵便受けもなく、びっしりとブルーで閉ざされた空間にはヒト一人分、等身大の自由がある、と思えた。
 よく眺めると、ブルーシート家の周囲には、生活の気配を伺わせるものが、さり気なく置かれている。サボテンの鉢植え、錆びた自転車、アルミニウムの大鍋、真鍮のフライパン、ダンボールの束の上にうずくまっている黒猫・・・。
 けれど居住者の姿を見かけることは、ついになかった。
 隅田川の水位の表示があって、記録上では昭和34年の伊勢湾台風では6メートル近く溢れたという。点在するブルーシートの家々は、隅田川が1メートルでも水位が上がれば、たちまち流されてしまうのだ。河面に浮かんでいることとなんら変わりはない、つまり漂流物としての家でもある。
 壊れやすいけれど頑丈な、この世のどこにも属さない、そしてどこまでも漂ってゆける砦のようなブルーシートの家は、とてもなつかしくてやさしい、難破船のようなものなのだろうか。
 難破船の船長が、ひと家ひと家に匿われていると思ってみる。自分もそのひとりだと。
 隅田川を渡る川風が北向きに吹いてきて、今日はことさら、け寒い。
予定されている会には行かず、どこまでも川べりを歩きたい気分だ。いつのまにかブルーシートで覆われた難破船の船長として、言問橋までたどり着き、浅草市街を彷徨っていた。浅草の迷宮性についてはいづれまた。

木洩れ日師に会う日

 
 誕生日が過ぎて、3月も終わりになると、水と光が楽章のように微妙に交じり合う気配が濃くなって、玉川上水のほとりの小径ばかりを歩くようになる。
 太陽光の旅の途上の姿が、木洩れ日として映し出されて、なぜかなつかしい。
 木洩れ日も私も太陽系の旅人同士だ。 
 すると細胞の奥までつながっている道筋がみえてくる。葉脈という旅の道筋が。私の身体の内側にも葉脈が震えている。樹木と自分は、ひとつづきなので、樹皮やら樹幹やら枝枝やら、たくさんの道を迷わず辿ってゆける。やがて自分も空洞を抱えた樹木になれると信じているから。
 
 木洩れ日師に出会ったのは、そんな玉川上水散策の途上だった。
 浅葱色の麻の上着とズボン、珈琲豆を詰める布袋と見まがう鞄をたすき掛けにして、水色の補虫網のようなものを、ざぱっ、ざばっ、とかざして右往左往している奇妙な男を見かけたのだ。あたりを見回しても虫が飛んでいる気配はなく、ただ水色の網を宙空に向って投げ出しているとしか見えなかったので、思わず声をかけてしまった。

「なにを追いかけているのですか?」
「木洩れ日ですよ」

 なんでそんなことぐらいのことがわからないんだ、という少しイライラした口調で男は答えた。
「わたしは木洩れ日師でね。これから5月にかけてまで、木洩れ日の豊漁期なので忙しいのです、あっ、またみつけた」
 そういうなり男は少年のようにパタパタとした足取りで駆け出し、目に見えない何かに向けて飛んだり跳ねたりして網を振り続けた。やがて男は息を弾ませて私の前に戻り、得意気に告げた。

「ほら、獲れたての木洩れ日です」

 水色の網のなかには、金色や銀色、赤や黄、青、橙色など、様々な色彩の鱗状のものが、ぴちぴちと跳ねていた。
「木洩れ日は拾うのではなく、掬うためにあるのですよ。浮遊するときめきが一瞬色彩になる。それを掬いとるのが木洩れ日師の仕事です。」

 木洩れ日はときめきなのか、それなら掬っても掬っても、なぜてのひらから零れてしまうのか、それはとめどめない悲しみではないのか

 「そうです。とめどない悲しみです。だからそれを掬って解き放つのがわたしの役目でもあります」

 ぎくりとした。私が内心でつぶやいた声に、男が答えたのだから。
 ふだんこの世ならぬことばかり思い続けてきたので、ついに幻影を引き寄せてしまうようになっのか・・・

「少し、さしあげましょう」
「木洩れ日を・・・ですか?」
「試供品、ってやつですかね」

 そういうと男は鞄から、ラムネ色した硝子瓶を取り出した。
「これは太平洋を彷徨っていた漂流壜です。なかには大切な思いが籠められた手紙かなにかが入っていたかも知れないけれど、拾った時は、からっぽでした。
わたしは漂流壜コレクターでもあってね。木洩れ日を入れるにはちょうどいいんです」

 とめどない悲しみを入れるのには、からっぽの透明な漂流物こそ、ふさわしい、ということか・・・

「その通り」

 またしても私の内面のつぶやきを聞きとった男は、網のなかで跳ねていた木漏れ日を素手で掴み取って、漂流壜に流しこんだ。
 木洩れ日は水族館の水槽を回遊する熱帯魚のように、ひとしきり漂流壜の内部を変幻自在に泳ぎ回り、やがて無色透明になっていった。
 

「消えたわけじゃありません。これから灯るのです。どうか真っ暗闇で解き放ってください。それから木洩れ日は夢に浸透しやすいので、取り扱いには十分注意してください」

 水色の網を、さあっさあっさあっ・・・宙空にかざしつつ、木洩れ日師はまたたく間に去っていった。

 3月の木洩れ日は、まだ試供品に過ぎない。成熟した木洩れ陽が獲れる日まで、待ってみるしかないか。

誕生日

 きょう16歳プラスαの誕生日を迎えた。そのαは余生っていうことで、思春期から自分がさほど成長しているとも思えない。けれど産まれてくるっていうのは、凄いことなんだろう。言い伝えによれば、血まみれの袋に包まれたまま夜明け前に、盥のなかに吐き出されたのが、わたしらしい。しばらく呼吸せず、死産かと思われた時、「とんとんとんとん、とんとんって、どこからともなく音がする」と産婆さんが呪文のように繰り返して、背中を叩くと、ようやく産声を発したのだという。父は嬉しくて万歳三唱をしたらしいが、その真意を確かめようもない。父はもうこの世にはいないから。ただ、父が焼かれて、その咽喉仏を拾った時、これが自分の生まれた時、万歳三唱をしてくれた咽喉なんだと思った。
 咽喉仏は笛の形をしていて、楽器のようだった。
 掌に載せれば、全世界のどこにでも鳴り響く咽喉仏・・・それはまた、とんとんとん、という音を籠らせているのだろう。

侍が負けた日

前健は宇宙の彼方に向かって投げている

すべての仕事をうっちゃって、18日午前10時から始まったWBC日本対プエルトリコ戦に見入ってしまった。たちあがり、すばらしい切れのある前田健太の変化球がストライクとして認められない。結果としてそれが勝敗を決めてしまった。ありえない判定の2フォアボールをきっかけとしとて、打ちそこないのタイムリーヒットによって、1点を失ってしまう。しかし前健のフォームの美しさは只者ではない。しなやかな身体のラインが、上半身マッチョのプエルトリコ選手の胸元を切り裂くさまは痛快だった。だから1失点で抑えられたのだ。前健の繊細な投球術は、南米人のおおざっぱなスゥイングを本来なら完璧に押さえられるはずなのだ。二番手の阪神エースの能美は2ランホームランを撃たれてしまったが、最初から危うかった。日本野球の下半身に強い選手の配球が念頭にあったので、胸元の強靭なプエルトリコ選手には、上半身に投げた直球を運ばれてしまったのだ。
 日本選手はスライダーのボール球をひっかけて、ゴロの飛球になるあたりが多かった。阿部ら主力選手の大振りが目立ち、負けるべくして負ける結果を招いたと。
 今、WBCに負けたのを東尾投手コーチが練習日にボートレース場に通ったりとか私的な活動が眼に余り、また投手起用もでたらめだったとかいわれているが、それは次元の違う話しだろう。(もとよりプロ集団だからコーチの個人的動向に左右されるはずはない。ガキじゃあるまいし)
 いちばん批判されているダブルスチールの采配にしろ、「選手の判断に任せた」という山本監督の準決勝の判断は、間違っていなかったと思う。それはこのシリーズが、そういう流れで来た事の直感的な判断だ。それが最悪の結果を招いてしまったとしても、そうすることがリーダーの判断としての必然だったからだ。結果オンリーだけで、この世は進まないのである。
 それはともかく、プエルトルコの選手の半端でない精神を讃えたい。かつて植民地だったカリブ海の島、プロの野球選手になることが大きなスターテスになることが可能になる国であり、多くの少年たちが野球に情熱を注いでいる。

  そのハングリー精神に、侍魂をかかげた驕りが、負けたのだ。

のばら駅まで

・・・のばら、のばら、のばら、終点のばらです。本日の最終電車です・・・

 ガッタン、と電車が揺らめき、目をさました。

・・・あああ、またやってしまった、出版記念会のパーティーでもらったおみやげ袋を抱えたまま、がらんとした車内をきょろきょろみまわした。ついついワインを飲みすぎてしまい、最終電車で帰ると、わけのわからない駅までたどり着いてしまうことも、しばしばなのだ。それで今夜も最終電車に揺られたまま眠ってしまい、見知らぬ駅まで運ばれてしまったのだ。最近は私鉄やら地下鉄線やらが相互乗入れになっていて、うっかりすると、とてつもない場所まで運ばれてしまうのだ・・・けれどいったいここはどこなんだろう、のばら駅なんて聞いたこともないのだが・・・。電車を降りても、なんだか妙に薄暗く、降りる人や駅員らしき姿もみかけない。洞窟のなかを歩いているみたいだから、地下鉄の駅なんだろうか。

 おそるおそるホームを歩いているうちに、前方に、ほのかな光をまとった人影のようなものが、ゆらゆらほのめいて遠ざかろうとしている。海の底で靡いている海草のように。ああ、よかった。あの光についてゆけば駅から出られそうだ。早足で近付くと、ぼんやり光っていたのは、その人がまとっていたフレアスカートの水玉模様で、それは水色の泡となってきらきら輝いていた。その人は歩くというよりふわふわと漂い、やがてすっと浮かびあがり消えかかった。あああ、ちょっとまってえ・・・その人影は階段を駆けのぼるところだったが、フレアスカートをさっとひらめかすと、突然、スカートのなかの水玉模様が、ほろほろとこぼれ落ちてきた。それはシャボン玉のように浮き沈みしつつ、わたしのまわりを漂ったが、一つ消え、二つ消え、三つ消え・・・。やがて最後のひとつが消えかかろうとするのを必死に追いかけ、ようやく両手で包みこむように捕えることができた。するとその水玉は、林檎ほどの大きさになって、水晶玉のように内側から、きらきらと輝きはじた。

 ほっとひと息。やれやれ、この水玉の灯りのおかげで、真っ暗闇の駅に取り残されなくてすみそうだ。その灯りをたよりに地下駅の階段をのぼり、ようやく地上に出ることができたのだ。

 けれどそこは、いちめんの草っぱら!道というものが、どこにもない。

町というものが、ぽっかり消えてしまった世界なのだ。

東西南北雑草ばかり、それが月明かりをあびて果てしなくなびいているばかり。

 しばらくぽかんと口をあけたまま、草っぱらにたちつくす。

のばら駅って、ただの野っ原ってこと?それにしてもフレアスカートの人は、どこに消えてしまったんだろう。

 

「道は自分でみつけるものなのよ」

「え?」

 どこからか声がしたが、あたりには誰もいない。

「ここよ、ここ」

 その声は両てのひらに抱えていた水玉から、ひびいてきた。

 月あかりにかざして、よくみようとのぞきこむと、スカートの襞襞のようなものがひるがえり、つぎの瞬間、水玉のなかに丸ごと呑みこまれていた。

 ふと気がつく水族館の水槽のなかのような、薄水色のひかりが流れる部屋にいた。

「休んでいきなさいな。少しだけ」

 長い髪を靡かせフレアスカートをゆらめかせて、女の人が煉瓦色の菓子皿を抱えて近付いてきた。

「ところでバックからはみ出している壜はなに?」

「ああ、これはおみやげにもらったワインです。ポルトガル産の赤ワインです。・・・飲んでみますか」

 女の人が十秒間に三十回はうなづいたので、わたしはポケットから愛用の抜き取り装置を取り出し、おもむろに先っぽをコルクに挿して、くるくるくるまわし始めた。ああ、この瞬間のときめき、壜に凝縮されたワインの気持ちが開放される束の間が好きで好きでたまらず、ワイン好きになったのだった。コルクを抜く時の、すぅ、っぽん、0,1秒のためいきをついてワインは秘められた思いを、一気に解き放つのである。

 いつのまにか目の前に、天使と星の透かし彫りの入ったワイングラスが二つ並んでいたので、わたしは赤紫色を波立たせて、それぞれのグラスの半分まで注いだ。

「グラスに全部つがないのは、ケチっているわけではなく、香りと色と味がたちのぼるのを感じてもらうためなんですよ。グラスを揺らすとこの世と夢の世界が、ほのかに交じるのです。半分づつね」

 (そういえばこのセリフ、今日のパーティでもいったかな・・・)

「おいしい!体に流れている血とひびきあっているみたい」

「赤ワインは人間の体温にして飲むといいんです。血とおなじだから」

それから注いだり注がれたりしているうちにすっかりいい気持ちになって、体がふわふわしてきた。

 あらためて首をぐるんとひとまわりさせると、窓があるのかないのか、部屋が広いのか狭いのか、さっぱりわからない。部屋全体がふくらんだり縮んだりして呼吸しているようで、とりとめがなくなってくるのだ。部屋の彼方も、ただただ青っぽいばかりで宇宙空間に漂っているようだ。

「あの、ここは、どこなんでしょう」

「人魚の部屋」

「・・・するとあなたは」

「人魚」

 長い金髪に碧眼の瞳、羽衣のようにきらきら靡くブラウス、足下まで隠れるフレアスカート・・・外見はアンティックなフランス人形のようだ。そういえば足は見えず、ふわふわふわっと、地上から少し浮き上がっている感じ・・・人間と人形の中間、その隙間に漂う淡い影のような雰囲気を全身にまとっていた。

 人魚の部屋は、この世では形をもたないので、泡のように縮んだり、海そのものまで広がったりできるようだ。

「海の泡のひとつぶ、あるいは全世界の海が、この部屋なの」

 

 それから人魚は700年以上もひとりぼっちで深海をさまよっていること、時々、この世からはぐれかかっている人を呼び寄せて、この「海の泡つぶの部屋」に招くことがあることを話してくれた。

「私も、もう何十年も人間をやっていますが、両足はあっても、いまだに地に足がつかない感じで、あちらこちらとさまよってしまうんですよ。シャボン玉みたいにね。今日は酔っ払って電車のなかで眠りこけただけですけど」

 推定年令700歳の異性とはこれまで話したことがないので、ヘンなことを口走ってしまったかな、とどぎまぎしました。

 けれど人魚は真剣にうなずいてくれた。

「今いるところがさみしいと、どこまでもどこまでもさまよいたくなるものよ。さみしさというのはすうっすうっと何千回も何万回も、からだをくぐり抜けていって、それでだんだん身軽くなっていける思いなの。さみしければさみしいほど身軽くなって遠くまでいける。それだから何百年も世界中の海をさまよい続けることができるの」

 真っ暗な深海を、ほのかに光りながら、何百年も果てしなくさまよう人魚の姿が浮かんでは消えて、なぜか胸がしくしく痛くなってきた。ポルトガル産ワインを飲みすぎたせいかもしれないが。

「ああ、そうだ。ワインをいただいたお礼に、ファドを唄ってさしあげますわ」

「ファド、知ってたんですか」

「あたりまえよ。何百年も世界中の海を泳いできたんだもの。港にはたくさんの出会いと別れのメロディが入り混じって、海に流れ出しているの。足でステップは踏めないけれど、声でステップできるわ」

 人魚はファドの名曲「海まで」を、深海にまでひびく澄んだ美しい声で唄ってくれました。

  海の底まで 森の奥まで 空の果てまで

  どんな真っ暗闇でも あなたに出会うまで

  さまようしかないのです あなたの名を呼ぶと 灯影が生まれます

  いつも胸の奥でゆらめいている 灯影です

 耳の彼方、目の彼方、唇の彼方から、さざなみが溢れては消えて、ひかりがちりちりと結晶して、シャボン玉のように浮かんで・・・・・

 その泡粒のひとつになりたいとたまらなく思って、うつらうつらしはじめた。

 「めざめてくださいな。ここはひととき休むところ。眠ったらそのまま海の泡とともに消えてしまうわ」

 人魚は心配そうに声をかけて、いいました。

 「これから元の世界にあなたを戻してさしあげます。ひとつ呪文を教えてあげるわ。・・・のばら、のばら、のばら、道になれ、道になれ・・・」

 目をあけると、もとの場所、東西南北どこを見回しても草っぱらにたたずんでいた。真っ暗闇でどこにも道はなく、ただざわざわと草が鳴りひびいているばかり。

 帰りたいところなんて、ほんとうはどこにもなかったんだ、とぼんやりと思っていた。

 それにしても、のばら駅ってどこにあるんだろう。

 駅ごと、人魚ごと、世界が消えてしまったようなさみしさだ–

 それで人魚の教えてくれた「のばらのばらのばら、道になれ道になれ」という呪文を唱えてみると、雲間から月があらわれ、月光をはじいて草は草同士きらめき、道をひらいていってくれた。

 さわさわとなびく草のひびきに導かれてふわりふわりと、なんだか身軽くなって歩き続けることができた。。

 やがて草むらは途切れ、そこは崖っぷちで、海が広がっていた。目をこらすと彼方に大きな白い薔薇のようなものが、ふぅわあと浮かびあがりる。

 月光から届くひかりが、水平線に向けて水銀のように延べられて、ひとすじの道として輝き初めていた。

・・・のばら、のばら、のばら、道になれ、道になれ、道になれ・・・

 

 すると水平線の彼方まで続いていた月光の帯から、無数の白い野ばらの花びらが浮かびあがり、夜空に漂いはじめた。

 海にも空にも、白いのばらが明滅する道が、果てしなく広がろうとしている。

人魚が「のばら、のばら、のばら、道になれ、道になれ」とくちずさみつつ深海のなかを灯影となって泳ぐ姿が、ありありと浮かんだ。

 そしてわたしは何処かにあって何処にもない、のばら駅の入り口に向かって歩きはじめていった。

ダンボール愛

峠の茶屋で閑古鳥を飼いならしつつ、滅多に通らない旅人を心待ちにするあるじ、という気分で、このブログを再開している。
 毎日やたらと歩きまわっては飲んだくれ、時間があまると自室で「ひとり紙芝居」をしているといった日常を過ごしているわけではない。これまで意図的に仕事に関わることは記していないだけだ。昨日はクロネネコヤマトで購入したダンボール15枚を抱えつつ、強風に煽られて路上を転げまわりながら事務所に着いた。純響社として責任編集出版したジャーナリストの本を発送するためだ。瞬間最大風速27メートルを記録したという春の嵐に呑み込まれそうになりつつ、ダンボールを盾にして必死に堪えた。ダンボールを翼にしてどこまでも飛ばされてみたいとも思ったが、本の発送をしないとお金がもらえないのでやめた。きつかったのは、ヤマトで買ったダンボールでは足りないかなと思って、スーパーの裏口にあったダンボール2枚を追加したためだ。「北海道産たまねぎ」と「谷川岳天然水」のダンボールだ。名前が印されることでダンボールにも人格が発生する。きっちりシールで梱包されたヤマトの15枚とは相違して、この二枚のダンボールサマは、北海道とか谷川岳をめざして、やたらと翔びたがる。なんども創意工夫をしながら辿りついたのは、全身全霊でダンボールを抱きかかえることだった。ダンボール愛を形にしたのだ。それはどんな嵐にも打ち勝つことができた。
 10冊、20冊、、30冊、50冊・・・それぞれの注文数に応じて仕分け、発送作業は順調に進んだが、最後に「北海道産たまねぎ」と「谷川岳天然水」のダンボールを使用していいかどうか悩んだ。著者からの注文50冊を入れる大きさは「北海道産たまねぎ」がぴったりなのだが、支払いの件で、やや行き違いが生じてしまっているので「たまねぎ箱」を送るとたまげてしまうのではないかと憂慮する。浄水設備の会社に送る30冊は「谷川岳天然水」がぴったりだが、あまりにあいすぎて、本が水びたしになってしまうのではないか・・・。結局「谷川岳天然水」はOKだが、「北海道産たまねぎ」はインパクトが強すぎるので止めることにした。ダンボールのすべての側面にキャラクターらしい「道産子玉ちゃん」が躍動しているので、このまま送ると本自体がたまねぎ化してしまうと判断したのだ。
 夜になっても強風が続き、身を竦めつつ旧板橋宿の街道に沿って帰る。背中にダンボールの翼がもぞもぞと生まれはじめ、十勝平野だろうが、谷川岳山頂だろうが跳んでいってやるぜっていう気分だ。
私は本日、ダンボール愛を完遂したのだと、世界の中心に向けて叫ぼうと思った。