袋小路の彼方にて

袋小路の彼方にて

 

日頃からしょうもなく間の抜けた人間であることは自覚しているが、またやらかしてしまった。4月25日に池袋で行われた斎藤芳生歌集『湖水の南』の批評会のことである。この歌集では回帰する場としての故郷福島、かつて赴任したアラブ、生活の基とした東京・・・作者が移り住んだ各土地の風韻、空間の豊かさが重層化させられている。なおかつ東日本大震災のモチーフを、身の内側から表現した歌魂に、つよく共鳴して、批評会に参加できるのを楽しみにしていたのである。読み込めばよみこむほどに各ページに付箋を貼りつけたくなる作品世界であり、それは湖水に旗をたててゆくという思いでもあった。ところで、その会の一週間ほど前にパソコンがクラッシュしてしまい、やむなく買い替えたのだが、旧データの復帰がままならない。案内されていた場所が、うろ覚えのままなのだ。1時半開始、池袋東口徒歩2分、ビル8階にある貸会議室スペースで、名前は確か、「ハロー池袋」とかなんとか・・・。そして当日、以前控えていた場所のメモ書きが、どうしても見つからない。まあ、いいや、なにしろ東口徒歩2分なのだから。この思い込み・詰めの甘さで、これまで散々痛い目にあっているのに、未だ懲りていない。早めに行こうと午後1時頃池袋駅に着くが、東口といっても思いの外エリアが広い。あたり前だ、乗降客の大半がきつねやたぬきで占められている田舎の無人駅ではない。気を取り直して駅前交番に向かう。なにしろこれまでの人生において、交番で場所を尋ねてわからなかったことはない。オールマイティなのだ。交番のおまわりさん、マイフレンド・・・しかしこれも思い込みであった。徒歩2分で、歌集批評会のある貸会議室で、名前は確か、ハローなんとか・・というわたしの説明に、おまわりさんの両目から ? が、零れ落ちそうなほど広がってゆく。このまま放っておくと ! となり、不審人物となり兼ねないので、早々に退散する。場所がわからない場所を訊く、というのが、そもそも無理だった。まあ、いいや、なにしろ徒歩2分なのだ、馬鹿に近い楽天主義を貫こうと東口周辺を歩き始めた。記憶している住所は南池袋で、それはメイン通りの右側のエリアなので、すぐ見つかる気がした。8階会議室を目安としてビルを見上げたままひたすら歩くので、たくさんの人とぶつかってしまったが、見つかるだろう。なにしろ徒歩2分なのだ。しかし午後2時を過ぎると、いささか焦る。すでに会は始まり、パネラーによる基調発言が開かれているはずだ。
蝶たちの触角震うつるつるの紙に両翅の刷られゆく時 『湖水の南』

蝶図鑑から飛び出した蝶たちの触角が、池袋東口ビル街のあちらこちらからから湧いてきて、それらをかきわけつつ、さまよっている気分だ。つるつるの街に刷り込まれてしまいそうなのは、自分なのだ。
午後3時

砂の国より帰れば青し草伸びる畦道にもういないのは、だれ 『湖水の南』

小一時間も無闇に歩き続けていると、池袋が、だんだん砂漠地帯化してくる。畦道はどこにでもある。アラビアから帰国して故郷の畦道を歩く作者の感慨(2010年夏) を思い出しつつ、ビル街区のエリアを行きつ戻りつするが、会場らしきものが見当たらない。目の前に城がみえているのに永遠に行き着けないカフカの小説「城」のようだ。念のため、メイン通り左の一角も、隈なく歩いてみる。会議室専門のビルをひとつ発見! 8階は「引き寄せの法則の企業セミナー開催」となっている。まあ、短歌の韻律というのも「引き寄せの法則」には違いないが、主旨が違うだろ。ここに歌人は混じっていなさそうだ。さて、どうしよう・・4月27日

池袋 袋小路の彼方にて『湖水の南』がしばしばひかる  雅人

 

 

2015年5月3日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリー:コラム

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