宇宙の晴れ上がり感覚

宇宙の晴れ上がり感覚

 宇宙の晴れ上がり感覚について

「宇宙の晴れ上がり」とは、今から136億9962万年前、宇宙誕生(ビックバン)から38万年後、宇宙温度が3000度まで下がったことにより、始めて光子が長距離を進めるようになった現象をいう。それまで宇宙はあまりに高温だったため、光子は電子と衝突して直進できなかったが、電子は原子核と融合して原子となり、光子の進路の妨げとはならなくなったために、光はあまねく直進し、それまで濁った塊だった宇宙空間が、霧が晴れるように透明になっていったことを称して「宇宙の晴れ上がり」と呼ぶ。

 せっかく宇宙が誕生したのに、38万年も光は行き場をなくしたまま量子の内側に閉じ込められていたが、光は解放される運命にあったということ。だがもっとすごいのは、この宇宙最古の光は消えないまま、現在も宇宙空間を彷徨っていることだ。この化石のような最古光は、宇宙空間を突き進むにつれて波長が長くなり、可視化できない電波となる。宇宙背景放射と呼ばれるもので昭和40年、電波を観測していた2人の科学者によって「宇宙からやってくる説明のつかない雑音」として、発見された。これが、それまで信じられていた定常宇宙論を覆し、「ビックバン宇宙起源説」を明証することになり、その経緯を記した2ページ足らずの論文により、2人はノーベル賞を受けた。(ベンジアスとウィルソン)

 わたしはここで科学知識だけの宇宙談義をしたいわけではなく、宇宙の起源のひかりと自分とは直接に繋がっているということ、また宇宙の晴れ上がりのさなかに、われわれの命の営みがあることを確認してみたかったのだ。すなわち次のようなことを。

  光は遮る物がない限り 永遠に直進する

われわれは宇宙の晴れ上がりのさなかに在り続ける

光の軌跡そのものが奇跡なのだから

 ここで思い出すのは約2400年前、古代ギリシアの哲学者プラトンが説いた、有名な「洞窟の比喩」である。それは「あらかじめ洞窟の壁しか見られないように拘束された囚人は、壁に映しだされた影が世界のすべてであり、影こそが本物だと思って一生を終えるだろう」というものだ。つまり、経験したもの(影)だけを真実と思いこみ、その影を作り出した遍きひかりの存在、或いは影もたらしている彼方の存在(宇宙感覚)に気付くことがない。このことから体験したことだけを真実と思いこむ人間も、この囚人と同じだ。だから洞窟の外へと視線を転ぜよ(プラトンはこれをイデア・真実の智とした)と語った。

 宇宙の晴れあがり感覚と、プラトンが「イデア」と名付けたものとは、同質のものだと思う。

起承転結ではなく、結転承起が宇宙の法則だったのではないか。「結」から始まって「起」に戻ることを循環させているのだ。つまり宇宙の成立ちからすれば、起承転結とは直線的ではなく、円環構造になっていていて、結転承起、起承転結を繰り返しつつ現在があるといえる。

つまりは宇宙の起源はわれわれ自身であり、それは循環しているということだ。

その循環構造、有機結晶体そのものが「自分」と名付けられるものなのだろう。

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