木乃伊願望

木乃伊願望

緑原町にある緑原町診療所は、内科、産婦人科、耳鼻咽喉科を看板に掲げる個人病院だ。だがそのシンプルな病院名とは裏腹に、どこかしら日常の感覚とはしっくり馴染んでいない異質な気配を、その前を通るたびに感じていた。
 まず、患者さんに限らず、人の出入りを見たことがない。閑静な住宅街にある、木造二階建ての住居であり、診療所の看板がなければ個人住宅と同じだ。「緑原町診療所」と大きく墨書された文字は、雨露に晒されたまま、ところどころ剥がれかかり、産婦人科の「産」やら、耳鼻咽喉科の「鼻」の文字はほとんど消えかかっている。このような病院で赤子を産みたいと思う婦人は、たぶんいないだろう。医療を続けているのかどうかすら定かではないが、玄関先のさび付いた鉄格子のシャッターが時に開かれ、時に鎖されるので、人が住んでいるんだな、とわかる程度である。
 よく考えれば、玄関前に鉄格子のシャッターを取り付けるということ自体、なにかヘンだ。しかもここは病院である。錆びついた鉄格子の降りた病院なんて、死体安置所と変わらないではないか。少なくとも通常の風邪の患者が通常の薬を受け取る雰囲気の診療所ではないことは、確かだった。
 均質な空気の流れる郊外の住宅街にあって、その緑原町診療所あたりは、時空軸が微妙に歪んでいることを、通るたびに体感せざる得なかった。

 そして今から約一年前、「緑原町診療所」に関わる、ある事件が報道された。

 病院長の松原公平氏(推定95歳)が木乃伊化された状態で、発見、保護されたという記事だ。木乃伊は乾涸びた人体の抜け殻なのだから「保護」されたわけではないだろうと思ったが。記事によると数年来、目撃情報のない公平氏を不審に思った民生委員の通報を受けて、警官が半ば強制的に家宅捜査したところ、酸素吸入器を口につけられ、ベッドのうえで木乃伊化しつつある公平氏を発見した。公平氏には同居する娘が二人いて、長女は医師免許を持ち、次女は看護士の資格があるというが、同所で医療行為をしていた様子はない。発見時、父は生きています、と姉妹は言い張り、遺体の引渡しに頑として応じなかったという。実際に遺体は、ただ放置されていたわけではなく、腐敗を防ぐ様々な措置が施されていて、「やつれてはいるが生きているようにもみえた」(捜査員)とも語られている。

 それから一年を経たが、「緑原診療所」の佇まいは以前と変わらず、相変わらず、錆びた鉄格子は降ろされたまま、看板は堂々と掲げられている。その後の事件報道は一切なく、木乃伊化した松原公平氏の遺体がどうなったのかもわからない。木乃伊も行方不明になってしまうのか。

 当初、遺体と思われていた松原公平氏だが、姉妹の施した特殊な木乃伊化技術により、蘇生の兆しが現実のものになり、死体遺棄事件としての立件を警察が断念したとか・・勝手に想像してみるが何もわからない。
 限られた情報のなかで唯一共鳴するのは、父の遺体を木乃伊として姉妹が保存し続けてきたということだ。酸素吸入器までを装着させて。
 通常、ヒトは死んでしまえば焼却されるだけで、幾ら希望しても誰もが木乃伊になれるわけではない。なにしろ死んでいるので、自分で勝手に木乃伊になることはできない。ヒトというものは無責任に生まれ無責任に死ぬのが原則である。
 木乃伊というのは人体を乾燥させる状態を恒常的に持続させて、その人の、この世で生きてきた形を未来永劫まで残そうという営為だ。客観的に死体となろうとも、その死を認めないまま形にしようとする人々の、桁外れの情念が、木乃伊化に行き着くのだと思う.
 自分が死んでも、生延びさせてやろうと思っている人々がいる・・たとえ木乃伊になってもね・・それはこの世の側から湧いてこない、なにかしらわくわくぞくぞくする未知の感情だ。

 江戸時代、日本に初めてキリスト教を広めようと訪れたフランシスコ・ザビエルの木乃伊は、客死したシンガポールの地で、丁重に管理されている。なにしろカトリックにおける聖人なのだから。いったん聖人となれば地球滅亡の日まで、身体が乾物化されようとも、現存した人の形のまま保存されるのだ。その滅亡の日に、フランシスコ・ザビエルはめざめるのか?
(わたしの祖先は長崎大村藩主系列のキリシタン大名なので、ザビエル来日なければ今ある自分もないということにはなるが)
 
 自分の魂を木乃伊化するためには他者の魂にワープさせなければ、実現できない。この世で生きた形を他者に委ねようとする願望、それが木乃伊志向だ。
時々、木乃伊になりたくなるのだが、どうすればなれるのか、どこに教えを乞えばいいのかわからないので、そのまま生身のままで結構な年になってしまった。十歳だか、五十歳だか・・・。生きているというのは死んでいないだけで、前世から受け継げられた、怪しく艶めかしく恥さらしな身体を、仮初の世に過ぎない現世に、曝け出してみせることだけだ。

 即身成仏、の清浄性は、木乃伊化願望と似通うものだろう。
 
「緑原町診療所」の患者を志願して、錆びついた鉄格子をくぐってみることにしよう。

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