七、三でいいですか?

七、三でいいですか?

新街道と旧東海道の仲仙道に連なる街道とが交差する地帯を、少し入ったところに純響社の事務所はあるが、路地が複雑に入り組んでいて、少し冒険心を起こして違った小路などを曲がると、たちまち迷ってしまう。過去と現在とが微妙にずれたまま交じり合っている一角であり、場合によっては何時間も彷徨い続けることになる。路地に迷いこめばこむほど家の奥から、きらっきらっと硝子や鏡が瞬く気配が濃くなり、それに導かれてさらに奥へと前のめりに歩き続けると理髪店やら硝子店に行き着くのだ。
 路地奥には透明な断片しか売る店しかないが、その断片から途方もない彼方が、さらに生み出されようとしている。だから奥へ奥へと路地の最果てに向けてさ迷うしかない、鏡の国のアリスのように。

 見ず知らずの人形が抱いている夢想に誘われるように、見ず知らずの路地を求めてさまよい続けている、毎日、毎日、だから日々迷宮だ。

 その日も染井吉野が咲き残っている路地に魅かれて、曲がり続けているうちに方角がわからなくなってしまった。すると住宅街のただ中に不意に墓地が現われた。百基以上の墓がありそうだが、高い塀に取り囲まれているため、中はみえず、沢山の卒場塔の先端だけが、この世からはみ出してしまったように眺められる。その時、墓地内から幼児たちの歓声が、いっせいにひびいてきた。だが、あたりを見回しても、幼稚園らしき施設はない。あきらかに墓地のなかから、その声声はひびいてきている。幼い子供の声、というのは、特種な周波数をもったひびきであり、ただひたすら生きるために弾んでいる声のカタマリ、天空を突き抜けるエネルギー体だ。死者たちの沈黙の声声が、ひたすら地下に沈みこむしかない墓地という場所とは、本来、相容れないはずなのに、幼児と死者が相和しているような錯覚を与えられる。
 墓地を遊び場として開放している新しいタイプの幼稚園? だが、日本のどのような地方自治体からも、認可されることはないだろう。

墓地と小路を挟んだ真向かいの場所に「バーバーゆりかもめ」という看板を掲げた、モルタル2階建ての昭和レトロな床屋があって、旧式なねじりん棒がくるめいている。店先にはなぜか、壊れかけたようなおでんの屋台が置かれていて、長年にわたって理髪店とおでん屋を兼務しているのかとすら思えた。この店なら「墓場幼稚園」の事情を聞けるかな、と思って扉を開けたのが運のつきといえばいえた。
理髪店に入るや否や、待ち構えていたように、「ゆりかもめへようこそ」と老夫婦が声をあわせてお辞儀して、3席しかない床屋台に導かれ、老婦人は慣れた手つきでさっと、エプロンをひらき、わたしの首にまきつけた。その間、わずか数十秒。
「七、三でよろしゅうございますね」
 「あっ、はい、」
 訳がわからぬまま相槌したことが、事態をますます悪化させてしまう。
・・・わたしは客ではありません。たまたま通りかかっただけなのですが墓地から幼稚園児の声がびいてきたので、これはいかなることかと、真向かいにあるバーバーゆりかもめさんに立ち寄った次第です・・・
 という言葉を発する前に、熱いタオルが顔面に乗せられ、わたしを乗せた床屋台はずんずん水平化してゆく。いきなり魔術にかけられてしまうのか。

「まず御髪を綺麗にしていただく、それが当店の流儀でございます」
馬鹿丁寧な口調とは裏腹に、この店の断固たるシステムが確立されているらしく、通常ならシャンプー台で行なわれる洗髪を、この場でやるため、盥に汲まれた湯が恭しく台に乗せられて運ばれてきた。老婦人の手により、丁寧に髪が洗われ、何度も盥のお湯は汲み替えられた。なにかしら神聖な儀式のようだ。
 床屋台が元の位置にまで戻され、タオルで一粒残らず髪の水滴が拭われると主人の出番である。小柄な婦人に比べて、主人は老人にしてはがっしりした熊のような体型で、腕には白毛交じりの毛がもじゃもじゃ生えているのに、頭髪はほとんどない。禿げ頭であることと理髪師としての職業能力とは直接関わることではないが、若干の不安をおぼえてしまう・・・っていうか、そもそも客として来たのではないのだ。

 わたしは17歳以降、床屋というものにお世話になったことはなく、何十年にもわたって、「いるかに乗った少年」で一世風靡した城みちるもどきの、旧アイドル系髪型を維持してきた。床屋にいかなかったとはいえ、もちろん伸ばしっぱなしにしていたわけではない。自己理髪店をひそかに開業し、ひたすらおのれの髪を刈り続けてきた。時に無残な失敗はあり、髪が伸びるまで何ヶ月か家に引籠もることもあったが、年月を経るうちに腕をあげて、「みっともね」「あっちへいってけれ」といった無神経な家族、親戚縁者の声は聞かれなくなっている。ジブンだけを納得させて技術を磨くという修業時代を経てきているのだ。「自己理髪師」としての。くどいようだが、自分自身が修業の目的であり、その達成であると客観的に位置付けているので、決してナルシシストではない。そして旧アイドル系とはいえ、自分の生き方を反映して、決して頭髪に筋をつけない曖昧模糊とした髪型を持続してきた。そんな男の生き様が今、崩壊させられようとしている、七、三の名のもとに。

髪型にきっぱり浮かぶ男の花道、男の街道・・・高倉健、渥美清の髪型にその筋道があったかどうか・・・七、三は一度もなかった気がするが・・・。あるいは三島由紀夫も川端康成も芥川龍之介も・・太宰治は七、三からもっとも遠い・・なぜ「髪型から辿る文士の内面」という本が一冊も書かれていないのか・・などと雑念にまみれているうちに、禿熊老主人によって「わが髪七、三化」は厳かに進行してゆく。厳つい風貌とは反比例して、禿熊老主人の手先は実にしなやかに軽やかに、首筋からこめかみに至るまでの髪を刈り込んでゆく。

「お客さん、太くてしっかりした髪ですねえ、日本髪が結えますよ」

 禿熊老主人は、その風貌とは裏腹な、艶めいたなめらかな口調で、わが髪を愛でた。首筋に鼻息を微かに吹きかけて。そういえば17歳の時、最後の床屋に行った時も、東京最西部にあるT駅の理髪店の老主人から同じことをいわれたのだった。もんのすごく無口で幼稚園児が無垢のままそのまま成人したような老夫婦が営んでいる「バーバーことり」で、わたしも死ぬほど無口な高校生だったにもかかわらず、そのひとことだけ話しかけられたことを思い出した。それが褒め言葉だったのかどうかは、未だに判断がつかない。
 だがアイドル系だった17歳の時ならともかく、いまさら日本髪を結ってどのような現世にデビューを果たせばいいのか・・・。ともあれわたしの後半生は、この禿熊老店主の手さばきにより七、三に仕分けられようとしているのだ。

 耳を澄ます。墓地の方向から確実に幼児たちの声は高まっている。

 それでようやく現実に引き戻された。老婦人に熱いタオルを被せられて以来、すっかり客モードになってしまったが、ほんらい墓地と幼児の声との謎が知りたくて入店したのだ。店主の剃刀は、首の真後ろの、針一本刺せば即死するいったいを上下しているので、もう帰りますとはいえない。

「目の前の墓地から幼い声が弾んでいる気がふとして、それでなぜなのかなあ、と思って・・・ゆりかもめさんならご存知かと・・・」
 声が思わず震えてしまう、なんで、ゆりかもめさん、と、この得体の知れない老夫婦をひとまとめにしてしまったのか、後悔の念が積もってくる。だいたい勝手に夫婦と思い込んでしまっているが、もっとワケアリの複雑な人間関係かもしれないのだ。まさかこの問いかけで、咽喉笛を破られることはないだろうことを祈る。

「あああ、この前の墓地はもともと幼稚園でしてね。実はわたしも卒園生です。しらかば幼稚園といいます。それが五十年前に大火事があって、園舎もろとも燃えてしまったのです。飼っていたうさぎ小屋もろともに。もともとお寺さんの所有地だったんで,お墓の分譲地として、今のようになったのです」
 禿熊老主人は、わたくしの髪型の深刻な七三化を進行しつつ、手短に説明を加えた。墓地が幼稚園だったのか、幼稚園が墓地だったのか、その説明では俄かに判断できなかったが、ともかく理髪店と墓地と幼稚園が繋がったことに、ふっと、安堵した。では今聞こえてくる「しらかば幼稚園」の園児らしき声々はどこからひびいてくるのだろう?

「これからはお客様にあった手作りポマードを、作らせていただきます」
 突如、禿熊老主人は断固とした口調で、わたしの頭髪をかきまぜつつ、なにかしらの油成分をスポイトで抽出して、硝子壜に混ぜていた。
 耳を澄ます。すると墓地の方角から、ますます幼稚園児の声声が高まってくる。今、自分用のポマードが作られつつあるということより、「ゆりかもめバーバー」の老夫婦には、この幼児たちのさざめきが聞こえているのかどうかを尋ねたいのに、声がでてこない。そのうちに「新緑月光ポマードでございます」と耳元で囁かれた頭髪料が、念入りにたっぷりと頭部に塗りこまれていった。
 
 耳を澄ます。すると墓地の方角から、ますます幼稚園児の声声が高まってくる。鏡の前には七、三の髪型、特性ポマードで固められた別人格とも思わせるヤマシタマサトが映し出されている。

「3500円でございます」
 エプロンをはずして、ささっと小さな箒で、わが全身を刷き尽くすと、老夫人はきっぱりと言った。
 その値段が高いのか安いのかは、俄かに判断できない。なにしろ何十年も床屋にいったことがないから。
 
三の髪型は風通しがよく、耳はくっきり露出して、この世とあの世のひびきが等間隔に聞こえてくる。いままでは現世がノイズとなって混ざり合っていたのだ、と自分を納得させて「ゆりかもめバーバー」を出るが、以前として墓地からの幼児のさざめきはやむことがなく、それは身体の内側からずんずんひびくまでになっている。地中から沸き上がるような幼い声のパワーに促され、墓地の塀のまわりを歩き続けるが、いっこうに入口もなく出口もなく、悪夢に閉じ込められてしまったかのようだ。。
 ぐるぐる路地をめぐりめぐっているうちに再び「ゆりかもめバーバー」に辿りついてしまった。しかしその店には「本日休業」の札が、ぶらさがっていて、その札をみるまでもなく、もともと廃墟のような店の佇まいとなっていた。黒褐色のねじりん棒がかさかさかさかさと掠れてゆれている。
 すると墓地からの幼稚園児の声が、ぴたりとやんだ。

 おでん屋の屋台がない。老夫婦は、どこにいったのか。
 蒟蒻と大根、つみれに熱燗もいいな・・・七、三にぴったり貼りつけられた、新緑の香りのする髪型を撫でつつ、この世のどこかの路地で開店している、おでん屋台をめざして、さまよっていった。

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