新入生

新入生

 春の暴風雨のただなかに置かれていた電話ボックスからかかってきた無言電話、その彼方からの沈黙の気配が、胸に絡みついて離れない。体内の奥深く眠り続けていたセンサーを仄かに呼び覚まそうとするかのような、微かな波のとどろき・・・人類誕生以前の古代の海辺に打ち寄せていたさざ波に耳を澄ませていた気もする、誰かとともに。
 自分を超えた世界との回路が、不意に現われては消えてゆく。 春の嵐が終焉し、新緑となりつつある幻の巷を彷徨いつつ、謎のような日常に生かされている、という思いが日に日に強まる。
 自分自身が透明な電話ボックスそのものと化して歩いているのではないか、すれ違う誰もがわたしという実体に気付くことはなく、ただすり抜けてゆくだけなのだ。つまりわたしはとっくに消失していて、ただ彼方からの気配に耳を澄ませている存在と化しつつあると折々おもう。
 通勤途上の遊歩道を歩いていると、いかにも新入生だな、と思わせる小学生、中学生の男の子、女の子とすれ違う。まず、体型も歩き方もアンバランスでぎこちない。そしてどの子も真新しいズックを履いている。そのズックは途方もない世界まで歩こうとする気配を蹴り上げつつ、元の日常に自分を馴染ませようと、ひたすら歩き続けている。まかり間違えばこの世から迷ってしまう自分を、立て直そうとするから、学校まで歩く姿がぎこちなくなるのだ。
 これからヒトとして生きていくのは大変だなあ、と思ってしまう。その足音だけが、透明な電話ボックスと化したわたしの内側にひびいてくる。

 わたしも新入生なのだ。入学式は透明な電話ボックスですませた。どこの学びやに入るのかはこれから決める。

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