隅田川の難破船

隅田川の難破船

花冷えの日曜日、ある会合があって浅草まで出かけた。早目に着いたので、浅草橋駅で降りて隅田川沿いの遊歩道を歩いた。青いビニールシートで覆われた塊が、ぽつぽつと並んでいて、それはまぎれもなく「家」なのだった。ピラミッド型や饅頭型、マッチ箱型など、それぞれ造型にも工夫が凝らされていて同じ形はひとつもない。人ひとり分の大きさが、家の形になっていて、青いビニールシートごと呼吸しているようだ。共通しているのはブルーで統一されているってこと。ピンクやブラックやイエローのビニールシートというのは無い。そういえば花見の茣蓙、事件現場を遮蔽するカバーなどもブルーシートだ。ブルーは防御、抑制の効果があるのか。ブルーシートの家の内部には、しんと人の気配を打ち消しつつ、まぎれもなくそこに命のカタマリがあると感じさせる何かがある。そこには新聞勧誘員や保険会社のセールスレディが訪れることはなく、新興宗教の布教者すら近付かないだろう。ただ人の生身の沈黙が家の形をしているだけだ。けれど窓も玄関も郵便受けもなく、びっしりとブルーで閉ざされた空間にはヒト一人分、等身大の自由がある、と思えた。
 よく眺めると、ブルーシート家の周囲には、生活の気配を伺わせるものが、さり気なく置かれている。サボテンの鉢植え、錆びた自転車、アルミニウムの大鍋、真鍮のフライパン、ダンボールの束の上にうずくまっている黒猫・・・。
 けれど居住者の姿を見かけることは、ついになかった。
 隅田川の水位の表示があって、記録上では昭和34年の伊勢湾台風では6メートル近く溢れたという。点在するブルーシートの家々は、隅田川が1メートルでも水位が上がれば、たちまち流されてしまうのだ。河面に浮かんでいることとなんら変わりはない、つまり漂流物としての家でもある。
 壊れやすいけれど頑丈な、この世のどこにも属さない、そしてどこまでも漂ってゆける砦のようなブルーシートの家は、とてもなつかしくてやさしい、難破船のようなものなのだろうか。
 難破船の船長が、ひと家ひと家に匿われていると思ってみる。自分もそのひとりだと。
 隅田川を渡る川風が北向きに吹いてきて、今日はことさら、け寒い。
予定されている会には行かず、どこまでも川べりを歩きたい気分だ。いつのまにかブルーシートで覆われた難破船の船長として、言問橋までたどり着き、浅草市街を彷徨っていた。浅草の迷宮性についてはいづれまた。

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