木洩れ日師に会う日

木洩れ日師に会う日

 
 誕生日が過ぎて、3月も終わりになると、水と光が楽章のように微妙に交じり合う気配が濃くなって、玉川上水のほとりの小径ばかりを歩くようになる。
 太陽光の旅の途上の姿が、木洩れ日として映し出されて、なぜかなつかしい。
 木洩れ日も私も太陽系の旅人同士だ。 
 すると細胞の奥までつながっている道筋がみえてくる。葉脈という旅の道筋が。私の身体の内側にも葉脈が震えている。樹木と自分は、ひとつづきなので、樹皮やら樹幹やら枝枝やら、たくさんの道を迷わず辿ってゆける。やがて自分も空洞を抱えた樹木になれると信じているから。
 
 木洩れ日師に出会ったのは、そんな玉川上水散策の途上だった。
 浅葱色の麻の上着とズボン、珈琲豆を詰める布袋と見まがう鞄をたすき掛けにして、水色の補虫網のようなものを、ざぱっ、ざばっ、とかざして右往左往している奇妙な男を見かけたのだ。あたりを見回しても虫が飛んでいる気配はなく、ただ水色の網を宙空に向って投げ出しているとしか見えなかったので、思わず声をかけてしまった。

「なにを追いかけているのですか?」
「木洩れ日ですよ」

 なんでそんなことぐらいのことがわからないんだ、という少しイライラした口調で男は答えた。
「わたしは木洩れ日師でね。これから5月にかけてまで、木洩れ日の豊漁期なので忙しいのです、あっ、またみつけた」
 そういうなり男は少年のようにパタパタとした足取りで駆け出し、目に見えない何かに向けて飛んだり跳ねたりして網を振り続けた。やがて男は息を弾ませて私の前に戻り、得意気に告げた。

「ほら、獲れたての木洩れ日です」

 水色の網のなかには、金色や銀色、赤や黄、青、橙色など、様々な色彩の鱗状のものが、ぴちぴちと跳ねていた。
「木洩れ日は拾うのではなく、掬うためにあるのですよ。浮遊するときめきが一瞬色彩になる。それを掬いとるのが木洩れ日師の仕事です。」

 木洩れ日はときめきなのか、それなら掬っても掬っても、なぜてのひらから零れてしまうのか、それはとめどめない悲しみではないのか

 「そうです。とめどない悲しみです。だからそれを掬って解き放つのがわたしの役目でもあります」

 ぎくりとした。私が内心でつぶやいた声に、男が答えたのだから。
 ふだんこの世ならぬことばかり思い続けてきたので、ついに幻影を引き寄せてしまうようになっのか・・・

「少し、さしあげましょう」
「木洩れ日を・・・ですか?」
「試供品、ってやつですかね」

 そういうと男は鞄から、ラムネ色した硝子瓶を取り出した。
「これは太平洋を彷徨っていた漂流壜です。なかには大切な思いが籠められた手紙かなにかが入っていたかも知れないけれど、拾った時は、からっぽでした。
わたしは漂流壜コレクターでもあってね。木洩れ日を入れるにはちょうどいいんです」

 とめどない悲しみを入れるのには、からっぽの透明な漂流物こそ、ふさわしい、ということか・・・

「その通り」

 またしても私の内面のつぶやきを聞きとった男は、網のなかで跳ねていた木漏れ日を素手で掴み取って、漂流壜に流しこんだ。
 木洩れ日は水族館の水槽を回遊する熱帯魚のように、ひとしきり漂流壜の内部を変幻自在に泳ぎ回り、やがて無色透明になっていった。
 

「消えたわけじゃありません。これから灯るのです。どうか真っ暗闇で解き放ってください。それから木洩れ日は夢に浸透しやすいので、取り扱いには十分注意してください」

 水色の網を、さあっさあっさあっ・・・宙空にかざしつつ、木洩れ日師はまたたく間に去っていった。

 3月の木洩れ日は、まだ試供品に過ぎない。成熟した木洩れ陽が獲れる日まで、待ってみるしかないか。

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