未知の囀り

未知の囀り

 

 

 熱は下がったが、全身が虚ろのまま、どこにも力が入らない状態が続いた。
 聞き覚えのある囀りが、空っぽの身体に響いた気がして、目を覚ました。五月の夜明けの気配が、家の内外にうっすら広がり始めている。その当時住んでいた家は甲府市街を見下ろす高台にあって、背後は「愛宕山」と呼ばれている丘のような山が連なる住宅地なので、夜明けとともに様々な鳥たちが囀りはじめる。子供の頃から夜明け前の鳥たちの囀りには自然に馴染んでいるので、異質な響きが混じれば、すぐ聞き分けられる。鳥たちの囀りは、夜明けの気配とともに地から湧き上がるように、さざめきあうものだ。しかしその囀りはチィ、チィ、チィ・・・と、どの鳥声とも交じることなく、単独であちら、こちらと彷徨っているのだ。虚ろな身体に僅かに曙光が兆した。もしかしたらチーだ。
 家を出て、囀りの行方を追いかけてみる。
 いた。斜面の葡萄畑を横切る白い鳥影がみえたのだ。その軌跡を追ってゆく。
 段丘に沿って家が建てられ、一軒づつが広い庭をもつ小公園のようで、視界が広いことも幸いした。チーは数十メートル先の民家の庭にある、柿の木の中ほどに止まった。もう朝陽は昇り初めていて、柿若葉の表裏が微風に靡き、葉脈を煌かせようとしていた。
 チーの鼓動に自分の鼓動を重ねるように、柿の木に近付いてゆく。その先は崖なので、そこで飛ばれてしまうと、もう追いかける術がない。
一歩一歩、柿若葉の緑が身に溢れ出すのを感じつつ、柿の木に身を寄せてゆく。
 ついに樹下に辿りついた。若葉の緑の諧調を朝光が滑ってゆく。
  チーは白い羽毛に薄いエメラルドグリーンの飛沫を浴びていた。、
 左右のてのひらをくっつけて、柿若葉の繁みの奥で身を縮ませている一羽に向けて両手拡げてみた。すると奇跡がおこった。チーは、その両手のなかに、さもそこが当たり前の棲家、というように、飛び降りてくれたのだ。首を少し傾げ、両足でぴょんと跳ねて。自分とチーが光りの皮膜に包まれるのをはっきり感じた。なんの手続きもなく、直接命をもつ同士が繋がったのだ。その時繋がっていたのは、チーと自分だけではない。朝陽を降り零す柿若葉、澄み渡る恍惚の青空、その宇宙の断片・・・この世と自分を隔てていた皮膜が破れて、未知のときめきを呼び覚ます風が、身体の芯を揺さぶった。
 一度逃げてしまった飼鳥を取り戻すなんて、生涯にそう何度もない奇跡のひとつといっていいのだろう。いろいろ辛いことが積み重なった少年期であったとしても、この一事だけで輝かしいものに転じたかも知れない。紛れもなく「至福」という宇宙の破片を家に運んだのだ。

それから何十年も経った今、夜明けの気配のなかで、チィ、チィ、チィ・・・と単独であちらこちらと彷徨っている小鳥の囀りに気付くようになったのはなぜなのか。それはこの世のものではあり得ない。

 少年時代の至福体験を懐かしく思い出した、という事ではない。なにか超越的なものの気配が、現在に回帰しつつある気がする。この世の果てにさざめくものたちと共鳴するのだ。虚ろな身体、死にたがりの身体に曙光が兆すように。

 

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