未知の囀り

未知の囀り

 私はこの世にあっては不透明で空虚な存在だ。では、あの世から眺めれば、透明で充実した存在になれるのだろうか?)

 「彼の人の眠りは、徐かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでゐるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。
した した した。耳に伝ふやうに来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫と睫とが離れて来る」(折口信夫 「死者の書」より)

 夜明け前に目覚めてしまうのは、まだ亡骸となっていない自分を確かめる儀 式のようなものか。睫と睫の間に溜まった真闇がくっつきあうのを、無理やりあけてみる。架空の窓をこじあけるように、この世が始まる。

 大きな柱時計を抱きかかえたまま河に流される夢をみていた。何十年も会っていない人を、夢のなかで思い出したのだ。その人の川沿いの生家の玄関には、大きな木製の柱時計がゆったりと立ちつくし、過去未来現在を含めたすべての時間が厳かに響きわたっていた。その人の故郷は自分の故郷ではないのに、その時こみあげるようなノスタルジーに打ちのめされたのだ。

・・・その人のノスタルジーが自分のノスタルジーでもあるかのような羽ばたきが夜明け前の空にひたひた打ち寄せるようだ。無色透明な鳥そのものの気配となって。

 夜明けの気配と鳥の囀りは響き合っているので、皮膚感覚で彼方を感じてみる。その第一声は大抵烏だ。夜明け前の中空を、太々とした鳴声が貫いてゆく。暁の光芒を嘴を開けて呑み込んでいるに違いない。鳴声だけで、その形がありありと目に浮かんでしまうのは烏ばかりではない。ち、ち、ち、ち、ち、と短い分散和音が光りの飛沫となって舞い上がるのは雀だ。目白はさやさやとした清流のひびきを含ませてツピツピツピツピと鳴き、しばらくするとキジバトのくぐもった声が、夜明けの空気をややメランコリックに震わせる。森のなかの一軒屋ではない。東京郊外の普通の住宅街だが、玉川上水という水源域が近くにあるためか、数種類の鳥が夜明けとともに囀りはじめるのだ。

 だが最近、その鳥の囀りのなかに未知の鳥の囀りが交じるのを感じるようになった。未知、というよりこの世のものではない気配、その響き。この世にはつねにあの世のさざめきが交じっている、それを偶々聞き分けただけなのかも知れない。

 けれど呼ばれているのだ、その未知の囀りに、夜明けの気配とともに

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