永久橋まで 「前回続き」

永久橋まで 「前回続き」

屋上庭園にて)
 私は少女に歩み寄ろうとした。だが近付こうとすればするほど、遠ざかってい くような錯覚に捉われはじめる。鏡のなかの世界に、永久に辿りつけないように。その時、少女の声が聴こえた。いや、正確にいえば感じられたのだ。意識の奥に伝えられるスピリットとして。言葉を交わす、とうよりテレパス、つまり微細な感覚の波動が一致して慄えだしたのだ。

「それ以上近付くとわたしは消えてしまうわ」
「けれど人形復元士は、ここに来いと指定したんですよ」
「あなたに気付いて欲しかっただけ」
「なにを?」

少女と私はいつのまにかテレパスで会話が出来るようになっていた。しばらく沈黙の後、少女は伝えた。

 「風」

 少女と私との距離には、微かな風が流れていた。近付くことも遠ざかることも出来ない「距離」に。この世の枠が脱落してしまった余白に、その風は吹いている。そこに澄んだ水流の音がまじる。この世の現実が少しずつ異界化するような場所でしか、少女と私は出会えないことが、なぜかはっきりわかった。
 少女との十数メートルほどの距離を縮めることが出来ない。ベンチに坐った少女の背中しか眺めることが出来ない。この前みた時よりも、僅かに黒髪の尖が伸びて肩にかかっている。繭のような衣服が全身を覆っている。
 
「君のことをずっと前から知っている気がする」
「生まれる前から、でしょ」
「どうしてそれがわかるの」
「さよなら、しかないから」

 少女はさっき赤い風船を手放した左手を、別れの合図のように挙げた。その左手の甲の真ん中あたりに、赤黒い豆粒ほどの疣が膨らみかかっていた。私と同じように。少女と共有している「死の芽」だ。少女は人形だった時より、少し大人びたようにもみえる。近付こうとするが、どうしても足が動かない。

「また、会えるかな」

 風と水流の響きにまじって、愁いを含んで甘やかなハミングが、しばらく聴こえた。それが少女の答えだったのだろうか。つぎの瞬間、屋上の彼方の青空に突然架空の窓が無数に開かれ、そして閉じられ、少女はその窓の何れかに吸い込まれるように、たちまち消え失せてしまった。電気の入っていないいろとりどりの電動木馬が、いっせいにかたかた鳴りはじめた。デパートの屋上庭園の不透明な空虚な物体として、私はたったひとり、取り残されていた。
 最初から迷子になることがわかっていて、誰にも知られず硬貨を握りしめて屋上Rをめざした幼年時代のことを、ふと思い出した。地方都市の岡島デパート屋上・・・ただ硬貨を入れれば動きはじめる木馬に乗りたかっただけなのだ。

黙り続ける木馬の背中がさみしくて銀の硬貨をそっとすべらす

木馬は一生涯、ぴくりとも動かなかった。

(魔除けの布まで)
 
  屋上庭園で少女とテレパスで交信して以来、この世の現実と、自分自身との辻褄が少しづつずれていくのを、ひそかに感じていた。現実とはもともと異界化されるためにある、いや異界が否応なく突出する空間の感触こそリアルだ。私の左手の疣はますます盛り上がり、まわりの筋肉も少しづつ腫れあがってきた。身体の一部から、次第にこの世ならざるものに変わり始めているのか。異界を吸収しているのだ。少女の掌の疣も膨らんでいるのだろうか。その後、テレパスで少女との交信を試みるが、なんの応答もない。

 翌週の土曜日の夕方、、私が世話役として長く続いている月例の短歌の会が、高田馬場であった。いつもは馴染みの居酒屋で二次会をして午後11時前に散会するのだが、もう一軒ということになり、編集者のIさんと女性歌人のホープとして注目されているTさんと、パブ風の店に入った。Iさんは学生時代はずっと馬場の下宿で暮らし、Tさんはもとより新宿育ちで大学は早稲田、私も結婚前後の6年間、長女が生まれる頃まで馬場のマンションに住んでいたので、自然と「高田馬場つながり」という雰囲気になる。こういう目に見えない「空気の共有」は、シャボン玉が纏う虹色みたいな感覚を分ち合うことで、それ以上なにもないところが、いい。ぱちんぱちんと弾け飛んで、跡形も無くなってよい、という感覚を共有できるから。週末なのでパブは混んでいて、3階まで昇り、プロペラの扇風機が頭上でくるくるまわる片隅のボックス席で、冷えたジンライムを何杯かお代わりした。Tさんは高校時代ブラスバンド部でトロンボーンを吹いていたが、団地に住んでいたので騒音トラブルにならないように、お風呂場で喇叭口に布きれを詰めて、ひたすら練習に励んだという。

 どんな布だったの?

 その答えを覚えていないのは、私が酔いすぎたせいかもしれない。午前1時を過ぎてしまい、IさんもTさんも、それぞれタクシーで帰っていった。私は、といえば小平市にある自宅まで歩いて帰ろう、ということしか思い浮かばなかった。自宅まではフルマラソンより少し短い40キロぐらいの距離、速歩で6時間ぐらいで着くというのは、以前から見当をつけていた。早稲田通りをひたすら、戦前の日本陸軍に規定されていた時速6キロのペースで歩き続けるのだ。2時間、3時間、と酔いのため心身がハイになっているためか、「一人行軍」を続けることが出来た。Tさんのトロンボーンの話を聞いたためか、トロンボーンの響きにボーンボーンと背中を押されているような気分で歩き続けることが出来た。けれどトロンボーンってどんな響きだっけ。あまり単独で聴いたことはない気がする。そういえば昨年死去したクレージーキャッの谷啓はトロンボーンの名手だった。ガチョーン、彼方と今を響きあわせる金管楽器・・・

 早稲田通りがようやく尽きて、青梅街道にさしかかる頃、夜が白みはじめてきた。酔いも醒めてきて、さすがに息があがっている。気が付くと橋の欄干に身をもたせていた。

「永久橋」

 そんな橋が、あったのか。

「絶壁ばかり」
「え?」
「この世はどこも絶壁ばかり」

 少女のテレパスだ。

「手放すのよ手放すのよ手放すのよ」
なにを?どのように?
「あなたと私を区別するものがなにもないとわかるところまで」

 永久橋の欄干から、ともかく離れる。あまり早く歩きすぎたせいか、怒涛のように疲労が押し寄せてくる。青梅街道を渡ると「永久橋」のバス停があった。ベンチがあったので、倒れこむように身体を沈めた。それからしばらく眠ってしまったのか。眼を開けると、世界は真っ白だった。あらゆるものが影を失う世界。いつのまにか前後左右も定かでない濃い霧がたちこめていた。ここは地球の極東の一都市の郊外なんかではなく、なにかを途方もなく夢みたり、思い出したりするような、宇宙の辺境なのだ。トロンボーンが、遠くはるかに、微かにくぐもって響いた気がした。喇叭口に詰め込まれた布は、「人生の魔除けの布」だったのかも知れない。

 濃霧の彼方から、テールランプを灯したしたバスが、ゆっくり近付いてくる。
 ステップドアがゆっくり開き、愁いを含んで甘やかなハミングが、ほのかに零れた。

 トロンボーントロンボーンは響くかな 永久橋まで魔除けの布まで

トラックバック&コメント

コメントをどうぞ