2015年5月のアーカイブ

空飛ぶ警察官

財布を失くして数日、取得者からの連絡を待ち続けたが、この世は善意だけで成り立っていないと覚悟し、性善説から性悪説へと人間観が入れ変わりそうになるのを押しとどめつつ、もよりの交番に届け出ることを決断した。ネコババという言葉があるので、野良猫が財布をくわえて持ち去った可能性も否定できない。野良猫が、その盗んで満足を得るという根性を直して、わたしの家の玄関口に財布を戻してくれたら、キャットフード一年半分を無償で与え、そなたと君は性善説に戻るだろうと、宣託するつもりである。 (前置きが長いうえに、くどい・・ちびまるこのナレーションである)
「財布を失くしたんで、交番に自主してくるね!(^^)!」
と、できるだけ明るく家の者に声をかけるが、ものすごくシーンとしているだけでなく、背中がなにやらコワイ。自転車に乗って買い物に出かけ、後ろポケットに入れた財布を落とすという、前回のパターンを正確に踏襲している。学習能力がない、というより「ボケ狭間の戦い」つまりボケと正常の間にある男とみなされつつある。わたしはヨガや気功や瞑想を20代から続けていて、宇宙意識のメッセージを受け取る能力だけは進化させてきたつもりだが、この世に適応する実務能力の学習を、いささか怠ってしまったらしい。(これは真実であり過去、現在の実例は、枚挙に暇がない)
ともかく、「この世の財布を失くした、宇宙感覚にめざめたオジサン」(言い訳か) として、もよりの交番をめざした。

この地域を管轄するおまわりさんに話しかけられたのは2年ほど前のことだ。
、K街道をひたすら自転車で北上していたら、ポリスカー(パトカーではない!いつからかPORISCAR・・と大書された乗り物に変身していたのだ)に乗ったままのおまわりさんが、満面に微笑を浮かべて声をかけてくれたのだ。
「はーい、止まって、止まってくださいねえ」
なんにせよ、見ず知らずの人に、親しく話しかけられるのはうれしいものだ。しかもおまわりさんは最新のポリスカーを降りて、前後左右、表裏まで見透かすように、わたしの全身を眺めつくしたので、ハグされるのかとおもわず身構えた。すると「かばんの中身、みせてもらっていいですかあ・・任意ですけど」
満面微笑とみえたおまわりさんの顔筋が、ぴぴりぴりと微かにひきつった。
任意? 任意取り調べという言葉が浮かび、おまわりさんのぴりぴり感が、わが頬に飛び火する。ここで断るとややこしくなりそうなので、素直にかばんの中身をみせた。
ついさっき100円ショップで買ったばかりの、耳かき、乾燥キクラゲ、ゆずぽんず、メルヘンかぼちゃ(商標)、顔面ローラー、鼻毛斬り・・怒涛の激辛麻婆豆腐の元、メンボクツカセ(使途不明の民芸品)等を、取り出した
「100円ショップで耳かきだけを買うつもりでしたが、耳からキクラゲ(木耳)へと目移りしてしまい、同時にポン酢をかければおいしいかと思ったので、ゆずポン酢を攫いました。すると美容へと関心がうつり、顔面ローラーで皺を伸ばして少しでも若返りたいと手にとりました。・・・この時、商品が手にあふれたので、ついにカゴを取りにゆきました。ちなみに満員電車に乗ると両手を挙げて吊革につかまるのを習性としています。痴漢に間違われないために。それと同様、100円ショップでは、手のひらに商品があふれたらカゴをとるようにしております。万引に間違えられないために・・小市民の知恵といいますか・・・鼻毛斬りにおきましては、わたしじしん鼻毛の伸び率が通常の人々をうわまわっておりまして・・」
健全な市民生活者であることをアピールしようと、へどもどと言い訳をしていると、おまわりさんは核心をついたものを見つけたというように、あるモノをカバンから取り出した。
ワンプッシュで開く折り畳み傘・・・それは軽量で、柄のところにあるボタンを押せばすぐ開くが、壊れやすくナイーブな形状をもった思春期の少女のような姿態なので、なるべく触れてもらいたくなかったのだ。けれどおまわりさんは、白昼堂々、ぶっとい親指で傘を押し開いた。
「折り畳み傘・・ですよね?」
それ以外の使途が、すぐには思いつかない。真夏に開けば日傘になり、真冬に開けば雪傘か・・・
その40代の働き盛りおまわりさんが、ボタンを押せば「傘をさしたまま、空飛ぶ警察官になれる」と、思ったのかどうかはわからない。けれど折り畳み傘は優美にひらき、それと同時に、おまわりさんもポリスカーも、一瞬にして消え失せてしまったのだ。
空飛ぶ警察官の残像だけが 青空にくっきり浮かぶ
後でわかったことだが、その1日前、付近にあるラーメン店主が何者かに頭を鈍器で殴られ、意識不明になるという事件が起きていたのだ。カバンに中華用鉄鍋でも所持していたら(入らないが)、連行されるところだったのである。

もよりの交番に、財布紛失届を出したことを伝えるだけだったのに、また寄り道してしまった。
耳掻きとともに買いたるキクラゲや 水に浸せば耳朶耳朶耳朶耳朶  雅人

2015年5月27日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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ドッグラン

かなりの犬好きで、近くの小金井公園に、犬を自由に走りまわせる「ドッグラン」の施設が出来た時はよろこんだものだ。けれど住宅事情により、走らせる犬を飼っていない。それなら自分が犬になりかわって走ればいいと思うのだが、まだ自我への執着を捨てきれていないので、ワンワンと吠えながら(吠えなくてもいいか)ドッグランを走りまわる勇気がもてない。入場には登録が必要らしいので、公園管理事務所に出向いた。 「ドッグランに入りたいのですが・・・」 「小型、中型、大型どちらですか」 わたしは身長170センチ、体重62キロの、典型的な中型中背なので 「中型です。最近は多少中性脂肪がついているかもしれませんが」 と、きっぱり答えることができた。まだ腹は出ていない。毎日腹筋200回を課しているので。シエットランドプードルのつぶらな瞳をした30代ぐらいの女性職員の表情が、やや曇った気がした。髪がくるくるあちらこちら巻いている、いわゆる天然パーマで、子供のころなめたキャラメルの、キャラメル箱に載っていたパッケージの女の子に似ていた。ちょっと年とったんだな。 「犬、カンサツはお持ちですか?」 犬を観察するという目的意識、展望が問われているのだろうか。人類史上、犬とどう出会ったのだろう、そして現在、なぜ愛玩されているのか、もともと野獣だったものが・・・考えに耽っていると 「カンサツはお持ちですか」 アラホーキャラメル少女が、やや苛立って繰り返す。 「観察するという気持ちだけでいいですか。これはハートの問題です」 「カンサツは気持ちではなく、証明です。今回お忘れになったなら次回からお願いします」 キャラメルはため息をついた。 観察とは命の証明なのか、深みにとどくキャラメルの発言に、思わず居住まいを正した。 「あと、狂犬病注射はお済ですか。その証明票を提出してください」 ツベルクリンからはじまって幼いころから、いやいやながら拷問のようにさまざまな注射を受けてきたが、狂犬病の注射を受けたことが、あっただろうか・・。 確かに若いころはクレージードッグ的振る舞いをしたこともあったが、いちおう人間なので、狂犬病の注射を受けた記憶はない。 「ないです」 「それでは犬に値しませんね」 「わたしが・・ですか・・」 「?????????・・・・・」 キャラメルマークの瞳に、きれいなつぶつぶの ?が並んだ。 ともかくわたしの「ドッグラン」への入場は却下されてしまった。 なんとなく腑に落ちない気分のまま、ドッグランの前の入り口にたって、改めて入場許可の文言を読んだ。 「ドッグランのエンターには、管理事務所からの許可を得てください。その際、犬鑑札の証明票と、狂犬病注射証明票を、持参してください」 そう容易く、犬になって、ドッグランを走り回ることは、できないようだ。

2015年5月16日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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袋小路の彼方にて

 

日頃からしょうもなく間の抜けた人間であることは自覚しているが、またやらかしてしまった。4月25日に池袋で行われた斎藤芳生歌集『湖水の南』の批評会のことである。この歌集では回帰する場としての故郷福島、かつて赴任したアラブ、生活の基とした東京・・・作者が移り住んだ各土地の風韻、空間の豊かさが重層化させられている。なおかつ東日本大震災のモチーフを、身の内側から表現した歌魂に、つよく共鳴して、批評会に参加できるのを楽しみにしていたのである。読み込めばよみこむほどに各ページに付箋を貼りつけたくなる作品世界であり、それは湖水に旗をたててゆくという思いでもあった。ところで、その会の一週間ほど前にパソコンがクラッシュしてしまい、やむなく買い替えたのだが、旧データの復帰がままならない。案内されていた場所が、うろ覚えのままなのだ。1時半開始、池袋東口徒歩2分、ビル8階にある貸会議室スペースで、名前は確か、「ハロー池袋」とかなんとか・・・。そして当日、以前控えていた場所のメモ書きが、どうしても見つからない。まあ、いいや、なにしろ東口徒歩2分なのだから。この思い込み・詰めの甘さで、これまで散々痛い目にあっているのに、未だ懲りていない。早めに行こうと午後1時頃池袋駅に着くが、東口といっても思いの外エリアが広い。あたり前だ、乗降客の大半がきつねやたぬきで占められている田舎の無人駅ではない。気を取り直して駅前交番に向かう。なにしろこれまでの人生において、交番で場所を尋ねてわからなかったことはない。オールマイティなのだ。交番のおまわりさん、マイフレンド・・・しかしこれも思い込みであった。徒歩2分で、歌集批評会のある貸会議室で、名前は確か、ハローなんとか・・というわたしの説明に、おまわりさんの両目から ? が、零れ落ちそうなほど広がってゆく。このまま放っておくと ! となり、不審人物となり兼ねないので、早々に退散する。場所がわからない場所を訊く、というのが、そもそも無理だった。まあ、いいや、なにしろ徒歩2分なのだ、馬鹿に近い楽天主義を貫こうと東口周辺を歩き始めた。記憶している住所は南池袋で、それはメイン通りの右側のエリアなので、すぐ見つかる気がした。8階会議室を目安としてビルを見上げたままひたすら歩くので、たくさんの人とぶつかってしまったが、見つかるだろう。なにしろ徒歩2分なのだ。しかし午後2時を過ぎると、いささか焦る。すでに会は始まり、パネラーによる基調発言が開かれているはずだ。
蝶たちの触角震うつるつるの紙に両翅の刷られゆく時 『湖水の南』

蝶図鑑から飛び出した蝶たちの触角が、池袋東口ビル街のあちらこちらからから湧いてきて、それらをかきわけつつ、さまよっている気分だ。つるつるの街に刷り込まれてしまいそうなのは、自分なのだ。
午後3時

砂の国より帰れば青し草伸びる畦道にもういないのは、だれ 『湖水の南』

小一時間も無闇に歩き続けていると、池袋が、だんだん砂漠地帯化してくる。畦道はどこにでもある。アラビアから帰国して故郷の畦道を歩く作者の感慨(2010年夏) を思い出しつつ、ビル街区のエリアを行きつ戻りつするが、会場らしきものが見当たらない。目の前に城がみえているのに永遠に行き着けないカフカの小説「城」のようだ。念のため、メイン通り左の一角も、隈なく歩いてみる。会議室専門のビルをひとつ発見! 8階は「引き寄せの法則の企業セミナー開催」となっている。まあ、短歌の韻律というのも「引き寄せの法則」には違いないが、主旨が違うだろ。ここに歌人は混じっていなさそうだ。さて、どうしよう・・4月27日

池袋 袋小路の彼方にて『湖水の南』がしばしばひかる  雅人

 

 

2015年5月3日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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