2013年5月のアーカイブ

木乃伊願望

緑原町にある緑原町診療所は、内科、産婦人科、耳鼻咽喉科を看板に掲げる個人病院だ。だがそのシンプルな病院名とは裏腹に、どこかしら日常の感覚とはしっくり馴染んでいない異質な気配を、その前を通るたびに感じていた。
 まず、患者さんに限らず、人の出入りを見たことがない。閑静な住宅街にある、木造二階建ての住居であり、診療所の看板がなければ個人住宅と同じだ。「緑原町診療所」と大きく墨書された文字は、雨露に晒されたまま、ところどころ剥がれかかり、産婦人科の「産」やら、耳鼻咽喉科の「鼻」の文字はほとんど消えかかっている。このような病院で赤子を産みたいと思う婦人は、たぶんいないだろう。医療を続けているのかどうかすら定かではないが、玄関先のさび付いた鉄格子のシャッターが時に開かれ、時に鎖されるので、人が住んでいるんだな、とわかる程度である。
 よく考えれば、玄関前に鉄格子のシャッターを取り付けるということ自体、なにかヘンだ。しかもここは病院である。錆びついた鉄格子の降りた病院なんて、死体安置所と変わらないではないか。少なくとも通常の風邪の患者が通常の薬を受け取る雰囲気の診療所ではないことは、確かだった。
 均質な空気の流れる郊外の住宅街にあって、その緑原町診療所あたりは、時空軸が微妙に歪んでいることを、通るたびに体感せざる得なかった。

 そして今から約一年前、「緑原町診療所」に関わる、ある事件が報道された。

 病院長の松原公平氏(推定95歳)が木乃伊化された状態で、発見、保護されたという記事だ。木乃伊は乾涸びた人体の抜け殻なのだから「保護」されたわけではないだろうと思ったが。記事によると数年来、目撃情報のない公平氏を不審に思った民生委員の通報を受けて、警官が半ば強制的に家宅捜査したところ、酸素吸入器を口につけられ、ベッドのうえで木乃伊化しつつある公平氏を発見した。公平氏には同居する娘が二人いて、長女は医師免許を持ち、次女は看護士の資格があるというが、同所で医療行為をしていた様子はない。発見時、父は生きています、と姉妹は言い張り、遺体の引渡しに頑として応じなかったという。実際に遺体は、ただ放置されていたわけではなく、腐敗を防ぐ様々な措置が施されていて、「やつれてはいるが生きているようにもみえた」(捜査員)とも語られている。

 それから一年を経たが、「緑原診療所」の佇まいは以前と変わらず、相変わらず、錆びた鉄格子は降ろされたまま、看板は堂々と掲げられている。その後の事件報道は一切なく、木乃伊化した松原公平氏の遺体がどうなったのかもわからない。木乃伊も行方不明になってしまうのか。

 当初、遺体と思われていた松原公平氏だが、姉妹の施した特殊な木乃伊化技術により、蘇生の兆しが現実のものになり、死体遺棄事件としての立件を警察が断念したとか・・勝手に想像してみるが何もわからない。
 限られた情報のなかで唯一共鳴するのは、父の遺体を木乃伊として姉妹が保存し続けてきたということだ。酸素吸入器までを装着させて。
 通常、ヒトは死んでしまえば焼却されるだけで、幾ら希望しても誰もが木乃伊になれるわけではない。なにしろ死んでいるので、自分で勝手に木乃伊になることはできない。ヒトというものは無責任に生まれ無責任に死ぬのが原則である。
 木乃伊というのは人体を乾燥させる状態を恒常的に持続させて、その人の、この世で生きてきた形を未来永劫まで残そうという営為だ。客観的に死体となろうとも、その死を認めないまま形にしようとする人々の、桁外れの情念が、木乃伊化に行き着くのだと思う.
 自分が死んでも、生延びさせてやろうと思っている人々がいる・・たとえ木乃伊になってもね・・それはこの世の側から湧いてこない、なにかしらわくわくぞくぞくする未知の感情だ。

 江戸時代、日本に初めてキリスト教を広めようと訪れたフランシスコ・ザビエルの木乃伊は、客死したシンガポールの地で、丁重に管理されている。なにしろカトリックにおける聖人なのだから。いったん聖人となれば地球滅亡の日まで、身体が乾物化されようとも、現存した人の形のまま保存されるのだ。その滅亡の日に、フランシスコ・ザビエルはめざめるのか?
(わたしの祖先は長崎大村藩主系列のキリシタン大名なので、ザビエル来日なければ今ある自分もないということにはなるが)
 
 自分の魂を木乃伊化するためには他者の魂にワープさせなければ、実現できない。この世で生きた形を他者に委ねようとする願望、それが木乃伊志向だ。
時々、木乃伊になりたくなるのだが、どうすればなれるのか、どこに教えを乞えばいいのかわからないので、そのまま生身のままで結構な年になってしまった。十歳だか、五十歳だか・・・。生きているというのは死んでいないだけで、前世から受け継げられた、怪しく艶めかしく恥さらしな身体を、仮初の世に過ぎない現世に、曝け出してみせることだけだ。

 即身成仏、の清浄性は、木乃伊化願望と似通うものだろう。
 
「緑原町診療所」の患者を志願して、錆びついた鉄格子をくぐってみることにしよう。

青木が原樹海・・富士山世界文化遺産登録、嬉しいけれど個人的思いとして

 青木が原樹海まで

  黒いナイロンバックをたすきがけにして、「風穴前」のバス停で下車すると、ほんとうにここで降りていいんだろうか、と尻込みする思いがした。青木が原の樹海をめざして都内からやって来て、富士急行線「河口湖」駅で降りたのだが、「樹海」というバス停はないことを知り、観光案内所で聞いた市民バスに乗り、樹海の近くという「風穴前」で降りたのだ。

 自殺志願者ではない、だが単なる好奇心で、やって来たわけでもない。生きたいとか死にたいとかっていう、この世の価値観からはぐれた場所に行きたくなって、青木が原樹海のそばまで来てしまったのだ。

 中肉中背、ジャケットを着て黒いバックをたすきがけにしたサラリーマン風の男が、日本一、あるいは世界で二番目として知られる自殺の名所あたりを、平日の真昼にうろつけば、逆に目立ってしまうことまでは気付かなかった。

 外国人観光客の家族の後に続いて降りると、ただちに野球帽をかぶった、樹海ボランティアというカードを首からぶら提げた初老の男が寄ってくる。

「今日はどちらに行かれますか」

 どこにも行くつもりはないから樹海まで来た、とはいえない。

「氷のほら穴とかがあると聞いたので・・・」

「ああ、それなら道路を歩いて10分くらい」

 初老の男は、やや不審気な目線を消さないまま、右指を方向指示器のように示した。

 言われた通りアスファルト道をくだると「鳴沢氷穴」の看板があり、入場料を払うと、洞窟へと向かう梯子がかかっているので、降りていってみるしかなかった。—やれやれ、自分の人生なんて、こんなものだ、あらかじめガイドされたところに導かれるだけ—樹海でも洞窟でもいいから、とにかくこの世の現実から、いったん身をくらませればいいのだ・・・自暴自棄、ふっとそんな言葉が揺らめき、洞窟内に降りていった。

 今から1130年以上前の貞観6年(864)富士山の側火山長尾山の噴火の際、古い寄生火山の間を灼熱に焼けた溶岩流(青木ヶ原丸尾)が流れ下ってできたのが、このトンネル式になった洞窟です。

 

 女性によるガイド音声が入り口付近で、絶え間なく流され続け、ここは観光名所だったんだと改めて気付く。洞窟内も手すりや照明が完備されていて、不可思議な場所を彷徨う感覚はない。ライトアップされた氷柱も、テーマパークのセッティングのようにみえてしまう。先に入って、妙にはしゃぎまわっている若いカップルの声が洞窟内にこだまして、耳ざわりこのうえない。

・・・音には二種類しかない。この世の音と、あの世の音だ。それはつねに混じっていて普通の人には聞き分けがたいが、わたしには、あの世の音だけは、はっきり聞こえる。この世のさざめきが、すべて雑音だったとは思わないが・・

 氷穴内部には、地獄穴があり(地獄はどこまで続いているのかわからない為)伝説によると相模湾にある江ノ島の洞窟に抜けられると伝えられています。また、江ノ島にある洞窟では富士の麓の洞窟に続いていると云われています。

 洞窟の半ばほどまで来て、またしても音声ガイドが流される。だが前より、やや震えて、嗄れ声になっているのを心耳は聞き逃さなかった。

 ・・・異界の混じる・・・ガイド、これまで何度も聞いたことがある

 はしゃいでいたカップルはいつのまにか消えてしまい、洞窟内にある地獄穴に、たったひとりで向き合うことができた。それは、内側から氷片があふれ出す直下型の洞穴で、柵で囲まれているため近付くことは出来ない。

 江ノ島の洞窟、つまり太平洋まで続いているという伝説の洞窟・・・だが心耳には、遠く遥かから打ち寄せる波のびきが、微かに聞こえた。

 すると江ノ島の洞窟からも、今、この富士山の麓の洞窟に耳を澄ませている者がいると、なぜかありありと感じられた。

 同じ日、同じ時刻、地獄の穴の、こちら側とあちら側で、同じ轟きをわかちあっている誰かがいる。なぜそう確信したのかはわからないが。

・・・この穴に潜りこんだっていい、跡形もなく消失できるなら。

1. 洞窟内は、全般的に天井が低いので頭上に注意して下さい!
一番低いところは、溶岩トンネルの91センチです。
注意していても、頭をぶつけて切られるお客様がいます。

 地獄穴に導かれることなく、この世の音声ガイドに従って、ともかくも洞窟を出た。案内板を改めて眺めると、この氷穴と、さっきのバス停で降りた風穴とは、樹海内の遊歩道でも結ばれていた。その小道が「自殺ロード」として知られている場所であることは後から知ったのが、ボランティアの初老の男は心耳を自殺志願者とみて、わざと教えなかったのだろう。

 もう、この世の音声ガイドに導かれるなんてまっぴらだ

 かろうじて洞窟に頭をぶつけなくてこの世に帰還し、心に誓った。

・・・それにしても地獄穴から、太平洋の波のさざめきが微かに響いていた。同時に江ノ島側からも、この氷穴に連なる轟きを聴きとめる者の気配を感じたのだ、それは誰なのか。あの世の音を共有する者・・・地獄めぐりのただなかでしか出会えない誰か・・・

 

地獄めぐりの声の赴くままに、樹海の遊歩道を歩きだす。溶岩流の起伏に沿って生い茂る原生林が果てしなく広がる一帯、だが小道に沿う限り迷うことはない。

 だが、またしても遊歩道かよ、樹海には迷うためにきたのに

 道をはずれてみる。たとえば大きな溶岩が、崖のようにたたずんでいる場所をめざして、あちらこちらと移動しては、元の場所に戻るのだ。目印が大きいので迷うことはないつもりだった。首吊りのための樹木を捜しているつもりはなかったが、「自殺防止ボランティア」の目にとまってしまったようだ。

 「道をはずれないでください!」

 道は、はずれるためにある、まして遊歩道なんだから

 と思いつつ振り向くと、同年代の男が険しい視線を向けている。

「生態系が壊れるんですよ。遊歩道以外のところを歩いたりするとね」

「は・あ?」

  元関脇舞の海によく似た小太りの男は、樹海に出入りする人間が増えたため、野生の鹿や猪が人家に近付き、最近では富士山系ではみられなかったはずのツキノワグマまで出没するようになったと語った。

 またしても、この世のガイドか、心耳は黙ったまま樹海の小道を突き進んだ。  

  生態系? 樹海のなかで自殺者が増えることと、ツキノワグマが現出するということと、どんな因果関係があるのだろう・・・

 ともかく元関脇似の男は、心耳の背後をずっとつけてきて、「富岡風穴」「本栖湖方面」の→のあるとこで、

「ここまでがわたしのガイドの終わり。バス停まで、きちんと帰ってください。最終バスまで、あと1時間です」と、言い残して去っていった。自殺防止ガイドにも縄張りがあることを知り、新たなガイドが現われるのかと、しばらく佇ずんでいたが、誰も来ない。

 この世のバスの最終まであと1時間、ならば樹海と名付けられた本来の海に漂ってみようと、ガイドなき樹海の森に足を踏み入れた。

 今から1130年前の富士山中腹の爆発によって周辺は壊滅、その溶岩流のうえに1000年以上を費やして蔓延ったのが青木が原樹海だ。まだ熱さめやらぬ溶岩に一粒の樹の種子が飛来して、この森が生まれたのだ。なぜなのだろう、その樹の種子を運んだのは、どんなエネルギーなのか・・・

 思いきり踏み外してみることにした。この世の掟を。

といっても、遊歩道を踏み外して、標のない樹海をずんずん歩いてみるという冒険に過ぎなかったのだが。

 まさしく樹海の世界は、この世の掟に従うものではなかった。

 数メートル、森に入っただけで方位がわからなくなってしまう。

溶岩泥流の激しい起伏のままに樹木が生い茂ってきたので、前後左右、東西南北の見極めすらつかないまま植物やら胞子やら細胞やらが、手をつなぎ根をつなぎあって不可解な生命空間を広げ続けてきた、めくらめっぽうに。

 普通の森林とは勝手が違う。溶岩の起伏に沿って、樹木にしがみつくように突き進むのだ。方位を失う、というのは、この世のしがらみから自由になれる、というシグナルだろうか。

 30分、40分と樹海を彷徨ううちに、方位感覚を完全に失くしていた。ようやく死場所を見つけたということだろうか。全き世間からの断絶、ぐるりと首をめぐらせても、胞子で育った樹林が、低く身をかがめてくるばかりだ。舞の海似が言っていた最終バスには、もう間に合わない。

 椅子の形をした緑藻に覆われた溶岩をみつけて、息をきらせたまま腰掛けた。日没間近なのだろうが、樹海のなかは薄暗く、この世のひかりが急速に消えてゆくのがわかる。自殺志願者の多くは、こういう時、煙草に火をつけたり、ワンカップの酒を開けたりして、ひとときの猶予を持つものらしい。

 自殺志願者?

 確かに生きたくも死にたくもないふわふわした気分のままで、こんな樹海のなかまで来てしまったが、死にたいわけでもなかった。いや、その時、まったく死にたいなんて思わなかった。

 生でも死でもない領域に呼ばれた・・・

ここから出発したい、魂、も、あるさ。