2011年4月のアーカイブ

極彩色の猫

Ⅰ 漂流物として

 私はマルキストでもナショナリストもなく、強いていえばブラツキスト、すなわちそのへんをぶらつくのを信条とする夢想家である。日本では夢想家という職業はまだ確立されていないので(夢遊病自体は認定されているが)歴史的には漂白民、または逸民と位置づけられるのだろう。
 日曜日の昼にはたいてい近くのK公園に出向いて広場で毎週催されているフリーマーケットあたりをぶらつく。各家庭内で漂流物になったモノたちに、敗者復活戦の場を与えようというのだから、この世の漂流物を自負する私としては、ぶらつかないわけにはゆかない。
 漂流物に漂流物同士がぶつかりあえば、なにか未知のものがスパークするかも知れない。とてつもなくでかい桃が、どんぶらことんぶらこと流れてくるのを抱きとめた、洗濯途中のお婆さんのように。お婆さん(+爺さん)はその漂流物を育てたおかげで、結果的に途方もない金銀財宝を手に入れたではないか。
 しかしその日のフリーマーケットでは「不思議の国のアリスの兎が使っていた懐中時計」以外,特にめぼしいものはなく、その時計には針も時刻も値段も無かったので、買うことが躊躇われた。店番をしているらしいドラミちゃんの着ぐるみを着た5歳くらいの女の子に値段をきくと「ひゃくまんえん」という。ハプスブルグ家を基準とすればあまりにも安すぎるので100年後に来るよ、といったら、真剣に何度も頷いてくれたので、ほんとうに来ることにした。証明は出来ないが。ちなみに、どの品物を指しても女の子は「ひゃくまんえん」というので、親がいない間に巨万の富を築く才質の持ち主なのだろう。

 広場をはずれて原っぱを横切り、林のなかへ身を沈めていった。林の中ほどに切り株ばかりの空間があって、そこだけ空が丸く広がっている。年輪が二つ重なり合おうとしている大きな切り株があって、年輪と年輪が響きあい、くっつきあうと、なんか別の世界の気配が生まれるのだ。そこに坐って眼を閉ざし、風の響きに耳を澄ますのが習慣になっていたが、折々にこの世ならぬ白昼夢をみることもある。それは・・・

 夢とも現実とも分かち難い林の小径をぶらぶら歩いていると次第に霧が深くなり、引き返そうとすると切り株に腰掛けているレオナルド・ダ・ヴィンチによく似た老人に呼び止められた。

「そこから先はこの世じゃないよ。ふらつくんじゃない」
「ふらついてなんかいません。ぶらついているだけです。この世からいったん身をくらませたいというか、人間の形をしているのがしんどくて、しんどくて。出来ればあの世の側に行かせてもらえませんか」
「何になりたい」
「え?」
「あの世では何になりたいのかと聞いているのだ」
 老人は不機嫌そうに白い顎鬚をしごいた。
「野良猫」
 牛丼でも始祖鳥でも軽石でもなんでも良かったが、この前陽だまりに溶け込みそうになって伸びをしていた野良猫が心底うらやましく思えたので、咄嗟にそう答えたのだ。
「色は」
 さすが、画家レオナルドの質問と思ったが、なにも考えつかないので「まっしろ」と答えた。
「じゃあ、まっしろ、この世に戻ってきたければ鏡に向かって、まっしろに戻りたいと呟けばいい」
 あなたの創造で一番好きなのはモナリザじゃなくて人力飛行機ですよ、と告げようとした瞬間、レオナルド・ダ・ヴィンチは、人力で空を飛ぼうと妄想したその途方もない時空を越えた天才的キック力(Jリーグに来い)により、おもいっきり私の尻を蹴り上げて、あの世へと送り出した。

Ⅱ カントの教訓

 白い尾をぷるぷる降って、私は草原から身を起こした。臀部周辺が少し痛む。ああレオナルドよ、フィレンツェよ、両性具有の都よ。
 これがあの世かとあたりを見回したが何のことはない、いつも歩くK公園の草原ではないか。ただ私が白猫に変身しているだけだ。四本足を突っ張って思い切りのびをしてみる。一度これをやってみたかったのだ。公園をぶらつくが、なんだか身軽で、自然とうきうきした足取りになる。人間一匹だった時は散歩しつつも過去にあった嫌な出来事、呪い殺したい幾たりの名前と顔貌、それにつけても金の欲しさよ等の思いが去来し、この世のしがらみが手枷、足枷となり、あちらこちらに躓きそうになりながら歩いていたのだ。それがいまや脳内に呪詛が溜まらず、まっしろしろだ。この至福感を言葉と態度で示すなら・・・・

にゃごにゃごにゃごにゃごにゃごにゃご

草原に寝転がって、背中に草のちくちくを感じつつ、身を捩ってみる、おおお空恐ろしいほどのカイカン・・・草も青空もちくちくぴくぴくしている。

「おまえは何者なのだ」

 猫的快感の弾けるドパーミンの極致に至ろうとした時、野太い声がひびいた。
茶虎模様のでかい顔の猫が、私を見下ろしている。瞬時に身を翻して四肢の毛並みをそばだて、戦闘モードに入る。猫の本能にめざめた一瞬であった。
「まあ、そうカツカツするな」

 これが先輩野良猫「カント」との運命的出会いとなり、私は正しい野良猫となるべき人生上の啓示を、その言動から学ぶようになったのである。(文体が急に理屈っぽくなったのはカントの影響による。また自分は理由があって野良となった哲学する猫なので、プライベートな関わりは記述しないでくれ、というカントの申し出により、以下はその思想的核心のみを抽出する)

 カントによれば、野良猫には武闘派と穏健派という二つの生き様があり、前者は人を敵とみなし、狩を生存の目的とし、磯野家等の民家に出没しては魚を盗み出し脳天気なサザエ某に追いかけられ、野良猫仲間との凄絶なネズミの取り合いをしつつボスの域をめざす。いったんボス猫ともなれば、子分がもってきた山のようなネズミ、モグラは焼肉として食べ放題(生サラダ付き)となり、勝ち組の狼煙として連日マタタビを焚くので、寄り添う雌猫は数知れず、「マタタビハイボール」に酔い痴れつつ、酒池肉林の生涯が約束される。しかしそこまで昇りつめられるのは、ごく僅か。大抵は闘いに明け暮れているうちに心身ともにぼろぼろとなり悲運のうちに衰弱死するのだ。
 後者の穏健派は、「テメエらに見捨てられたんだぞ」という恨みがましい気持ちをこらえて、人が通り過ぎれば、少し小さくにゃわわんと鳴いてみて、友愛、恭順の気持ちを示すのだ。そこで馴染みになったヒトビトから餌をもらい、武闘派野良猫の侮蔑に耐えつつ、一日一日を生き延びるのである。これには外観(みてくれ)が大きく左右する。いくら柔和な態度を示しても両目が恨みがましく血走っていたり、夜中に油をぴちゃぴちゃ舐めそうな雰囲気を漂わせていたり、尻尾の先が二つに裂けていたりすると、ヒトは寄りつかず場合によっては毒を盛られてしまう。
 カントの場合当初は武闘派であり、反権力闘争、すなわち我々を見捨てた人間との恒久的闘いを誓い、磯野家の秋刀魚のみならず、財布等あらゆるものを口にくわえて人間社会を混乱に落し入れ、富を平等に配分する猫社会を実現させようと画策したらしい。しかし理想は理想、ぶんどった財布の激しいネコババ争いが勃発し、野良猫と野良猫同士の激しい権力闘争の末カントは深く傷つき、穏健派に転向したのだという。
「まあ、純粋に理性的に考えれば、権力を無闇に批判するのは得策ではない」カントは、ため息まじりに呟いた。もちろん穏健派だからといって、安穏とした生き方が保障されるわけではない。つねに身の丈をこの世の価値に合わせて伸縮させなくてはならないのだから、ストレスは溜まる一方であり、自分でどこかの森(例えば富士山の麓の青木が原樹海)へ消えていって、化け猫化してしまうリスクも高い。
ちなみに段階的に武闘派から穏健派に移行した猫を「ダンカイの世代」と呼び、彼らは生きのびるに都合のよい独特の処世術を体得したのである。武闘派だった頃のカントはチェ・ゲバラ似の精悍な眼差し、引き締まった四肢の持ち主だったが、穏健派に転じてからは下腹の突き出た西田敏行風の柔和な風貌となり、「虎の招き猫」として持て囃され「年末ジャンボ宝くじ三億円」の踊りにも参加して一世を風靡したのだ。しかしながら、というか斯くの如くというべきか、「反骨という気質は変わらないぜ、フフ」とニヒルな微笑を浮かべる通り、「猫かぶり」というダンカイの世代の本音、すなわち思想を、見事に実践してきたのである。

 穏健派となったカントは、どうすれば人間に媚を売りつつ食物を確保し、かつ人間に支配されずに独自に生きるべきかを考察し続けた結果、次のような行動法則を見出し、実践するようになったという。

① ごろんと寝転び、何があってもわたしは無防備、猫という自我をとっくに捨てているにゃん、という姿勢をとり続けること。
② 斜め45度の視線を保ち、偶々人間と見つめあったなら半分目を鎖して余韻を残すこと。
③ 擦ってくれた人の行為に身を任せて尻尾を微かにに振るわせて、相手の気持ちを察知し、なおかつ触感に溺れ過ぎないこと。
④マタタビ、またはそれに関わる薬物を使って篭絡しようとする客には牙を剥くこと。

 以下続くがキャバクラのマニュアルではなく、カントが自身が血みどろの半生を経て体得した人生哲学なのである。要するに、人間社会への警戒心を解いたフリをしつつ、最大限のおこぼれに預かり、なおかつその社会的規範に支配されない野良猫としての矜持を貫く、ということ、これを「猫かぶりの法則」というらしい。

 カントと行動を共にしたのは数日に過ぎないが、野良猫として生きるノウハウを、そこですべて学んだ。「生涯一野良猫」を貫くカントは、飼い猫にならず弟子もとらず、

野良猫の夢は荒野を迸る  カント

の句を残して、どこかへ旅立っていった。

「人生は苦悩を伴う暇つぶしである」閑人(カント)&雅人(ガジン)

Ⅲ バーンといきましょうよ

カントの教えを実践すべく公園のベンチに寝転び、斜め45度の視線を保ってみるが、意外に人間は気付いてくれないものである。大体世の中に媚びへつらうのが嫌で野良猫になったはずなのに、やってられねえよと、身を起こしかけた時、ただならぬ視線を感じた。
 体中から飛び散らんばかりの、マゼンダ色の大きな水玉模様の衣服に身を包んだ老婆とも童女とも見紛う魔女が、私を凝視しているのだ。
「ゴータマちゃん!おお神の子」
「え?」
 単に野良猫になったのがうざったくてゴロゴロしていただけなのに、いきなり神の子と呼ばれてしまった。人間だった時、私はひそかに瞑想を積み重ねて神の域に近付きつつあったのだが、周囲は誰も気付かなかった。野良猫になって初めてその本性が発露されたようだ。
 声をかけたのは飛田摩耶、知る人ぞ知る、日本を代表する前衛女性画家である。少女時代から普通の人には聴こえない声を聞き、見えない世界を見通す幻視者だった。日本では狂人扱いされるので20代の頃単身でアフリカに渡り、原住民と共に生活、真裸のままペンキを被り、今世紀最大の陸上生物アフリカ象に激突する、鰐に跨って極彩色に染め上げる等過激なパフォーマンスを繰り返して話題となり、全身全霊からどっと飛び出すようなオーラを描く画家として、欧米のアーティストの間で評判になった。その後日本に戻った彼女は、やはりしばらく狂人扱いされていたが「鰐の皮を纏った皇族、古代から現代へ」の連作で内閣総理大臣賞を受けて国内でも有名人となり、以来精神病棟を出てK公園の近くにアトリエを構えて住んでいる事は、風の噂で知っていた。(推定年齢は人間でいえば75歳位だが、妖怪説も根強い)
 ゴータマちゃんとは、ゴータマ・シッタルダが仏陀のことであることを踏まえて、猫のもっとも一般的な名称である「タマ」がゴッド化したと思えばいいのだろう。飛田摩耶に拾われた私は、神の子ゴータマちゃんとしての扱いを受け、以降飼猫として背伸びしたりごろごろ転がったまま、安穏とした生涯を送れるはずだった。善悪の対立、この世の意味とはなんぞや、なんて、どうでもいい。ただ縁側の日溜りで、日溜りそのもののぐにゃぐにゃの存在として伸びたり縮んだりすることが、サイコーなのよね。
 確かに始めの頃は、ずらりと並べられた「招き猫コレクション」の最上位、高級座布団三枚重ねの上に置かれ、朝からステーキ、昼は鰻重、夜は特上寿司に菊正宗の冷酒、というように、猫にならなくても贅沢三昧の日々。神がかりの芸術家である飛田摩耶は、神事と称して赤い札を私の額に貼り付け、朝、昼、晩と祈祷し、

 ああ裏返しの猫は神
 ゆるやかな星の清流
 座布団宇宙の彼方の盟主
 曼荼羅毛曼荼羅毛GOD魂GOD魂

 といった常人には理解し難い祝詞めいた言葉を呟きつつ礼拝するので、私もそれに合わせて首を垂れたり上げたりする。それで三食昼寝つきが保証されるんだから、やらないわけにはいかない。
しかしある事がきっかけで変転する。安穏ライフに次第に飽きてきた私は、主人の留守中にアトリエに出入りするようになっていた。ある時制作中だった「猫まんだらげ」が床に置かれてあり、その中央に描かれている焼き鳥ハツ串があまりにうまそうだったため、思わず土足で画布にあがり、ハツ串を舐めてしまったのだ。
「ま、まずい」
 あたり前だ。絵の具なんだから。舌で湿った焼き鳥は、まずそうに画布に溶け出している。やばい、と思って尻尾で消そうとするが、ますます絵の具が滲み出す。画布の上で飛んだり跳ねたりしているうちに、「猫まんだらげ」は滅茶苦茶になっていった。その時、背後から強烈な視線を感じた。飛田摩耶が帰っていたのだ。そして思いがけない一言を発した。
「天才だったんだね!」
 私は飛田摩耶により、神の子のみならず、アーティストとしての才能まで見抜かれてしまった。翌日からアーティストゴータマちゃんとしての薫陶を、飛田摩耶から直接受けることになった。それでも最初のうちは楽しかったのだ。
 足裏にこそばゆく絵具を塗られ、キャンバスの上を自由自在に歩きまわればよかった。それだけで「天才」と呼ばれ、一缶数万円のキャビアのご褒美が付くのだから。しかし要求が次第にエスカレートするのは世の常である。歩きまわるだけではなく、背中にもお腹にもたっぷり絵具が塗られ、キャンバスにカラダを擦り付ける事が求められてきた。

 にゃごにゃごにゃごにゃご

 野良猫になったばかりの時寝転んだ、原っぱの感触は素晴らしかった。けれど今、絵具を塗りたくられて、キャンバスを転げまわっていても少しも楽しくはない。それでも飛田摩耶は「猫史上最高のくねくねセンス」と私を持て囃し、フランス直輸入のトリフ入り最高級ゴルゴンゾーラチーズとドンペリのご褒美を忘れなかった。
「あんたは違う。もっと跳べる、突き抜けることができる!」
 飛田摩耶の眼はますます据わり、天才ゴータマちゃんへの要求のハードルは日に日に高くなっていった。
 ついに飛田摩耶は、私の全身に様々な絵具を塗り、
「バーンといきましょうよ、バーンと、ゴータマちゃん!」
 といって、キャンバスに激突するように命じるようになったのである。途方もない対象と真正面からぶつかることで、この世にはない摩訶不思議な色彩が誕生する、というのが飛田摩耶のアーティストとしての信念であり、宗教家としての神がかり的核心であり、そのために若き日、アフリカまで出かけて原住民の選ばれた決死隊とともにアフリカ象に命がけで体当たりしたのだ。しかし70代となった今、体力の限界を感じていた飛田摩耶は、その信念を私に託そうとしたのである。それから私はわけのわからぬまま何度もキャンバスに激突させられては、跳ね返される事になった。燕の巣入りスープと、松坂牛網焼きステーキフォアグラ添え、紹興酒甕20年物がご褒美として供されたのだが。

足跡をつけ、引っ掻き回し、寝転び、激突する・・・極彩色に塗られた私はこうして毎日キャンバスに向き合う羽目になったのである。
「ぶち当たるだけではダメ、突き抜けるの、彼方彼方彼方の色彩に熔けるのよ!中心、大河の、大銀河の渦巻く場所があんたには見えないの!キャンバスを突き抜ければ万物ブラフマンの絶対宇宙に参入出来るのよ!」
 飛田摩耶の叱咤は次第に呪言のようなものと化しつつあり、確かにキャンバスに激突するたびに★のようなものは飛び散るが、それが宇宙意識なのかなんなのかは頭がクラクラしてわからない。毎日ご馳走にありつけるとはいえ心身の疲労はピークに達していた。

 初志忘るべからず
 なんのために猫になったんだっけ?

 縁側の日溜りで終日ぐにゃぐにゃして過去もなければ未来もないと身体をお日様に溶かし続けたいだけだったんじゃないの。
 それがいまや、なぜかキャンバスを突き抜ける天才的神がかり的な猫を、演じなければならなくなっている。なにかどこかがヘンになっているので、もう一度リセットするしかないようだ。そうだ、鏡に向かえばいいのだ。そういえば猫になってから自分の姿を眺めた事は無かった。クローゼットの扉に鏡らしきものがあったのを思い出して、そっと開けてみた。そこに映し出されたのは、耳はピンク、眼の周りは赤、口は黒、胴体はオレンジで腹は青、脚は紫で尻尾は金色に輝く極彩色の猫だった。しかも右目はコバルトブルー、左目はサファイア色に輝いている。

「これって、・・・ボク?」

 いつのまにか全身極彩色の猫に変身させられていたのだ。しかも左右の眼の色まで相違している。あの世も企みが深い。仕方ない、真っ白に戻るしかないか。鏡に向かって呟いた。
「まっしろに戻りたい」

Ⅳ 人力飛行機はどこへいった

 切り株に坐ってうつらうつらしていた身を立て直して、この世に目覚めた。いつもと同じK公園の日曜日の昼下がりだ。私は身長170センチ、体重62キロの、絵に描いたような中肉中背のホモサピエンスとして立ち上がり、何気なくもとの日常に戻っていく。ただし身体のふしぶしが痛むのは、キャンバスに激突し過ぎたせいなのだろうか。掌を翻してみるが、とりあえず人間の肌色になっているので、また世間という水界に漂流物として戻るしかないのか、やれやれ。
足下を虎縞のふっくらした猫が過ぎってゆく。
カントじゃないのか?
斜め45度に目線を挙げて、カントはさもやれやれというように肩を聳やかせて、どこかへ去っていった。お前さんには付き合っていられねえよ、というように。 

 あの・・・・・・・
 背中からなんだかぞくぞくした気配が忍び寄る。
 「全身が七色の猫を見かけませんでしたか。尻尾は金色で右目と左目の色が違う神様の猫なんです」
 飛田摩耶の声が震えている。泣いているのか。
「見たかもしれないし、見なかったかもしれません。これから捜してみます」
 そう言おうとしたが、声にはならなかった。絶対に振り向いてはならない。振り向けば極彩色の猫に戻されてしまう。
出口はどこだ?
 この世にもあの世にも出口はあるのだっけ。
 私はひたすら昼下がりのK公園の原っぱを走り続けた。

それにしてもレオナルド・ダ・ヴィンチの漕ぐ人力飛行機はどこへいったのか。
ひとまず、ばーんと弾けてみるしかないか、人生は苦悩を伴う暇つぶしなんだから。

樹木内逃亡者志願

 時々、大きな空洞を抱えた樹木のなかに、すっぽり身体を隠して暮らしてみたくなる。暗いところから明るい世界を眺めるのが好きなので、木の洞から世間の様子を眺めて過ごすのだ、究極の逃亡者(エスケイピスト)として。最終的には樹木そのものとなって、完璧な枯れ木となるまで佇み続けたい。
 そんな「樹木内逃亡者」になってみたくて、遊歩道とか公園とか樹木の集まる場所を、日頃から徘徊するように努めているのだが、いっこうに「身体をもぐりこませたくなる樹木」にめぐあえない。屋久島に暮らしているわけではないので、都会で屋久杉のような途方もない巨木に出会えるはずもないのだが、それにしても「ここにお入りなさい、あんたひとりぐらい、自由に溶け込ませてやるさ」と語りかけてくれる樹木になかなか出会えないのは少し寂しい。

 そんな樹木を物色しつつ、いつもの散歩コースである玉川上水を歩いていると、黄色いビニール紐が結ばれた樹木が目立つようになっている。「玉川上水護岸整備の一環として、倒壊の危険や景観を損なう樹木の伐採を進めています」旨の表示があった。黄色いビニール紐は、この世からの除外宣告を受けた樹木の目印だったのだ。
 確かに玉川上水の岸辺には今にも倒れそうなのに必死に崖にしがみつこうとしている樹木や、既に半身水に浸ってしまっている樹木も目立つ。しかしそれらの殆どは柵で囲われた岸辺間近の木々であり、通行の妨げになっているわけでも、倒壊によって人的被害が出る場所にあるわけでもない。見た目だけを取り繕い、異形を排除すれば自然の景観を取り戻せる、というものでもないだろう。それなら自分のカラダにも黄色いビニール紐を巻かなくてはならない。「お役所仕事」というのは、まず歪な感性を取り除くことらしい。

 実は玉川上水の景観で、もっともめざましいのは、小川橋周辺から西武線玉川上水駅に至る数キロの遊歩道なのである。ここには「樹木の根の展覧会場」とも名付けたいほど、樹根が、崖面に沿って露わに眺められる場所だ。切り立った崖に沿って樹木が成長したため、根の形状までが崖面に露出するようになった。普通は目に見えない根の姿を含めた樹の全体像が、はっきり眺められるのだ。崖上から崖下までの4~6メートルまでを大小の根が垂直に降り、また水平に伸びて、複雑に絡まりあっている。根はあらかじめ固まっているのではなく、流動するエネルギーなのだとわかる。既に垂直に樹幹を保てなくなった木々は、水辺に向かって体を傾け、根は崖にしがみつく形状となり、驚くべきことに地中を逆走し、跳ね上がろうとさえしている。身を根付かせようとする本能的エネルギーが、逆に地上から己れを飛び立たせようとしているようだ。崖にしがみつきつつ飛び立つのだ。いっそのこと崖ごと飛び去ればいい、とすら思えてくる。
 崖面にも樹木にも不意に無数の亀裂がはしり、木っ端微塵に砕け散る風景が一瞬閃く。なんのことはない、崖にしがみつき傾きかけている樹木とは、自分自身のことだった。飛び降りるとは飛び立つこと、あらゆるしがらみから解き放たれること・・・根こそぎこの世から翔び発ってみたいのだが。

ゴーストタウン(後編)

Ⅱ 映画館と木の実と曠野

 アーケードを出ると、幅の狭い旧街道が横たわっている。戦前から続いているような軒の低い家並みが街道沿いに続き、道はゆるやかに傾斜していた。少女は道を隔てて下りつつあった。そっちは海辺のほうだ、危ない、津波の轟きが心身にありありと残っているので、少女を呼び留めるしかない。不意に視界を大型バスが過ぎってゆく。白っぽい防護服を身に着けた人々が、びっしりと乗り込んでいるのが眺められ、バスは道幅いっぱいに、その道を上ってゆく。ただの津波ではない。今度は放射性物質をたっぷり含んだ津波が押し寄せようとしているのか。
 いらいらしながらバスの通り過ぎるのを待っていると、少女の姿を見失ってしまった。
 たったったったったっ・・・と焦燥にかられて街道を下ってゆく。いつのまにか靴を失くしていた。少年時代そうであったように、途方もない悲しみと孤独感に苛まれると、裸足で走るしかないのだ。

 今、少女を見失いたくはなかった。夢のなかでさえ孤児になってしまう。

 路地を曲がる少女の背中が、白昼なのに蛍のようにひかり、その軌跡に追いついて、私も路地を曲がった。路地は迷路のように曲がりくねり、煤けた建物に辿りついた。「××映画」という看板が掲げられているので、映画館のようだ。その入り口に吸い込まれるように少女が消えるので、私も消えていった。 
 映画館が暗いのはあたり前だが、それにしても真っ暗だ。手探りで座席を探し、ともかく坐った。その途端、スクリーンに、羊水に浮かんだ胎児の姿が映し出された。頭が体の半分ほどもあり、臍を通じて、胎盤から血液が流れているのが、はっきりみえる。黒ゴマのような眼と、指先のようなものがみえて指しゃぶりをしているようだ。不意に女性の声でナレーションが入る。

「受精後、第8~9週の胎児です。約3センチ、7グラム。手指と足指が明らかに認められ、全体としてヒトらしくなり、羊水のなかでさかんに動くようになります。医学的にはこれまでを胎芽といい、この時期以降を胎児と呼びます。胎芽期は、重要な器官のほとんどがこの時期に形成されます。放射線、ウィルス感染などの影響を最も影響を受けやすい時期なので、臨界期とも呼ばれています」
 次に胎芽期の正面からのクローズアップ。眼も鼻も唇も未分化のままくっつきあってウーパールーパーのようだが、なにか荘厳な命への意思が伝わる。「胎芽期」という言葉を始めて知った。ヒトも種子のようなものだったのか。

 画面は変わり、一転して胎児の苦悶の表情が映し出される。

「受精後40週、この世に生誕直前の胎児です。けれど何故こんな苦しみの表情を浮かべているのでしょう。羊水に浮かんで臍の緒で母という宇宙と一体化している、という全知全能感から、いったん切り離されないと、この世に生まれてこれないからです。子宮の収縮によって全身を締め付けられ、窒息しそうになりながら、ぐるりぐるりと四肢をねじりつつ産道をうねり、ようやく生誕するのです。胎児は子宮という小宇宙で、地球上の生命の進化を約10ヶ月に凝縮するという恐るべきスピードで人間の形となりますが、この世に生誕するためには、羊水の決壊という激越なエネルギーに押し出されなければならないのです。この体験は人間を一生支配し、ヒトは絶えず死と再生を繰り返しつつ<個的境界>を越えた高次のレベルに近付くのです」

 ナレーションも映像も、そこでぶっつり途切れ、館内は元の真っ暗闇に戻る。生誕以前の暗闇のようだ。そうか人間は決壊そのものとして生まれたのか・・・。その時、どこからともなく、切羽詰った少女の声が聞こえた。

「捜して」
「何を?]
「今、映っていたもの」
 
 苦しみもがき、やっとこの世に生まれた胎児を捜せというのか?

「木の実が映っていたの。あれはわたしが、こっそり獲ってしまった木の実なの。ずっと大事にしていたのに、映画館があんまり真っ暗だったから、失くしてしまったの。木の実を獲ってしまったので、わたしはこの世に戻れなくなってしまったの」
「木の実を取り戻せば、この世に戻れるんだね?」
 言葉にはならなかったけれど、闇のなかの気配で少女が頷いたのがわかった。

 初めて耳にする少女の声は、なつかしくやさしかった。自分自身が胎児で、暗闇のなかから、もう一度生誕するように促された気がした。盲目の人が光りとして感じられるものが、少女の声であると思えた.真闇のなかで立ち上がり、手探りで少女のいう「木の実」を探しはじめた。
 それはスクリーンから零れ落ちた水晶玉のようにうっすらひかって、客席の最前列に落ちていた。
「みつけたよ!」と声に出そうとした時、扉から出ていく少女の背中がみえた。やれやれ、また鬼ごっこか。

 映画館を出ると、もう夜になっていて、そこは路地の行き止まりだったので建物の裏手にまわってみるしかなかった。

 そこは津波が根こそぎ壊していった茫漠とした曠野だった。月光が、いちめんに射していた。道も目印となる建物もなく、ただただ津波に押し潰された残骸の塊が、オブジェのように、ところどころに黒々と固まっているだけだ。彼方に月光に照らされた海がひかっている。
 少女はどこにいったのだろう?
 瓦礫、残骸,剥き出しになった地肌、堤防も崩壊しているので、海と陸との境が定かではない。砕け散った窓ガラス,潰されてひしゃげた屋根屋根、鉄板のようにアーチ状に平べったくなった車両・・・。昼間なら剥き出しの瓦礫にしかみえない物たちが、月光に照らされると、それ自体意思をもって蠢くのが心の内側から感じられてくる。ヒトは無機物となり、破壊された建物や堤防、車や鉄道、漁船の残骸の方が、肉塊のように息づきはじめている。これは夢が孕む現実、あるいは現実の孕む夢なのか?
民家と小型漁船がぶつかりあったらしく、ベランダに船体が,突き刺さるように止まっている。決壊は、それまで交じりあうことのなかった物たちを合体させてしまう。その船首に腰を下ろした。掌のなかで、木の実は、うっすらとひかりを帯びている。
木の実の内側にある種子。それは胎児とおんなじではないのか?
月光は事物の内側まで照らしてしまうのか。
木の実の内側にある「胎芽」のかたちまで、くっきりと。
この木の実を手渡さなければ、少女も私自身も、この世でもあの世でも、ずっと迷子のままなのだ、という強い思いにかられてしまう。
 その時、海と陸の境界が消えて、月光がさあっさあっと靡き渡り、それはひと続きの鏡面世界のような広がりをみせた。その鏡面を、少女が渡ろうとしている。歩むのではなく、浮かぶように。

 みつけたんだよ、木の実を、木の実のなかの命の芽を

 追いかければ追いかけるほどに、少女は地上から浮かびあがってゆく。
 なぜ?
 肩まで垂れた髪が、潮風に揺らいでいる。レースのワンピース、細かな襞襞のスカートが翼のようにはためいている。けれど、その内側にあるはずの、血の通った身体が、すっぽり抜け落ちているのだ。髪と衣服だけが、夜の水平線に向き合って羽ばたこうとしているだけだ。なんという深い喪失であろう。

 私は木の実を両手に包んだまま、汀に膝をついて、呆然とするしかなかった。

 Ⅲ 夢の後に

夜明け間近の薄闇のなかで目覚めるようになって久しい。夢でも現実でもない狭間に、身体がふあっと打ち上げられているようだ。そして大抵は、この世には自分の理解者は一人もいない、という強烈な寂寥感とともに、今までみてきた夢(多くは夢魔)を寝床のなかで反芻することになる。夢の残響に身体ごと耳を澄ませるのだ。
 鏡面のようにきらめく海に向かって、肩まで垂れた髪やレースの服の襞襞をきらめかせながら、漂うように浮かぶ少女の姿だけが、くっきり心に残されている。しかしそこには、肉体がない・・・。

 それにしても猛烈に喉が渇く。生身の自分の現実に目覚めたらしい。身を起こして台所へと向かう。コップが見当たらないので、直接蛇口にくちをつけて、ぐびぐび喉を鳴らして水を飲む。自分は水を飲む入れ物としてこの世に存在しているのだ、とありあり思う。そうやって野生児化して現実に戻るのも悪くはない。
 換気扇のある隙間から、月光の名残とも夜明けの気配とも区別のつかない微光が零れ、ふと目を落とすと、ダイニングテーブルに、ゴルフボールほどの大きさの木の実が転がっていた。その微光を吸い込むように。
 木の実を両手で掬いとってみる。内側から種子のようなものが光りを帯びて浮かびあがろうとしている。
木の実の中に、小さな目玉が生まれ、よくみれば指のようなものまで透けてみえる。これは胎芽ではないのか?

そんなはずはない。これはただの木の実に過ぎない。それなのに、なぜ目の前に転がっているのか。

 気がつくと裸足で玄関先にたって、木の実を両手で包んでいる自分がいた。
まだ、夢からさめていなかったのか。ぺたぺたぺたぺた・・・路地を裸足で歩きはじめる。少女の背中を探すために。

ゴーストタウン

Ⅰ 鎖されたシャッターが鳴る町

 避難民、放射能漏れ、ヨウ素、セシウム、プルトニウム、××シーベルト、高濃度放射能汚染水の流出、ゴーストタウン・・・

  超現実の世界ではない。これが現在進行している日本社会の事実そのものであることに、改めて慄然とする。3月11日以前まで殆どの人々が、放射性物質に関心を抱くことはなく、その名称を意識することもなかった。しかしいまや日常を脅かす眼に見えない毒として、それらは私達の意識下まで浸透しようとしている。あの地震以降、私自身何度も、巨大地震や津波に襲われる夢をみるようになってしまった。以下は最近みた夢を復元したものである。

 —自分を越えた無数の私のひとりが津波にのみこまれ、別の私が、人気の絶えたフクシマの、とある海辺の町の駅前に佇んでいる。—

 防護服に身を包んだ警察官だけが、あちらこちらを歩いている。その白い影、黒い影。

 「どちらに行かれるんですか、この街は防護服なしには歩けない事になったんですよ」

 「いつから?」

 「あなたが駅に降りてから」

 「私は駅から来たのではありません。海に流され、そこから戻ってきたのです。どうしても取り戻したいものがあって」

 「それはなんですか」

 「特定の物ではなくて・・・・・。胸の奥で翡翠色に輝いていたなにか、その断片でもいいから・・・それを捜しに来たのですが・・・」

 「上の者と相談しますので、ちょっと待っていてください」

 防護服に身を包んだ警察官は、表情は見えないが、さもやれやれというように肩を竦めてみせて、その場を立ち去った。

 その隙をついて「平和通り商店街」という看板が掲げられたアーケード街に、吸い寄せられるように歩いていった。なにも悪いことはしていないのに、逃亡者になってしまう。

 「みやげ、松原」「後藤定食」、道を隔てて「ドラッグ・ウェルネス」「海産物の笹井」・・・。店棚の広い商店を入口として、後は間口の狭い店の続く、地方の町にどこにでもあるようなアーケード街、それなのに彼方に向けてすぼまっていて、産道のようだ。どの商店もシャッターは固く鎖されたままだ。

 カタカタカタカタカタカタカタ・・

 鎖された灰色のシャッター、それ自体が微かに鳴り出して、次から次へと伝わりアーケードに木霊している。悪寒のような熱感のような気配が、背筋を這い登る。

 <私>は一体何者なのか、なぜゴーストと化した町に来たのか、何もわからなくなっていた。ただ、なにかが決壊したのだ。死の想念に取り憑かれて海岸線を彷徨っていた時、突然大地が揺らぎ、本能的に陸へ陸へと目指しているうちに波に呑み込まれた。自分の内なる決壊より先に、世界が決壊してしまうとは思ってもみなかった。波は障害物にぶちあたるたびに渦巻き、それらが幾重にも衝突して、また新たな大きな坩堝を生み出していた。すべてを漂流物として打ち砕き、打ち砕きつつ、すさまじい轟音とともに突き進む。大黒柱とも見まがう流木が目の前に現われそれを抱きすくめようとしたが、たちまちすり抜けてしまった。沈んでは浮かび、浮かんでは沈むうちに意識が遠のき、ああこうして死ぬんだな、と思った瞬間、胸元にどすんとトタン屋根の断片のようなものが突き当たり、それに必死にしがみついているうちに、気が付くと丘の斜面に打ち上げられていた。その経緯は、生々しく憶えているが、それ以前の自分が何者だったのか、さっぱり思い出せないのだ。ただ、自分自身が漂流物で、死のうと思って海辺まで来たのに、漂流物に助けられたのは何故なんだろう、という不可思議な思いだけが残った。もしかしたら<私>は既に死んでいるのかもしれない。すると、このシャッターが鎖されたまま微かに振動しているアーケード街は、黄泉へと続く入り口なのか・・・・。

とおりゃんせとおりゃんせ、こおこおはどおこの細道じゃ・・・いきはよいよい帰りはこわい・・・ごーすとごーすとごーすとたうん・・乾涸びた歌声が喉もとにくぐもってくる。

 それにしても、このアーケードは異様に長く、そして次第に暗くなってゆく。洞窟と化しつつあるようで、カタカタカタカタカタ鳴る響だけが、次第に強まるのだ。

 ぽたぽたぽた

 屋根から雫のようなものが零れたかと思うと、霧雨の気配がアーケード街に満ちてきた。水滴がひかりを運んだのか、アーケードはほのかに明るんだが、次第に靄がたちこめて、入り口も出口も見えなくなってしまった。薄靄の膜自体がカタカタカタカタ反響しているようだ。それだけではない、彼方から怒涛が押し寄せて来るのが感じられる。まさか・・・、また津波がやってくるのだ。夢だろうが現実だろうが、それらを圧倒的に決壊させるものの気配が、ひたたと、だが確実に近付いてくる。

 その時、鞠をつく音が聞こえた。目の前に鞠をつく少女の背中がぼんやりと現われ、それは歩くというより浮かぶように、私を出口へと導いていった。鞠をつく音がするたびに靄は薄れ、少女の輪郭が際立ってくる。肩まで髪を垂らした7歳位の女の子で、レース編のような透きとおったワンピースを纏っている。 (私はこの少女を、子供の頃から知っている。現実でも夢でもない、生にも死にも属さない「彼岸の世界の客」として、不意に何処ともなく顕われてくるのだ。私は生涯、その少女の幻影に取り憑かれるであろうことが、あらかじめわかっていた)

 少女の背中を追っていくうちに.津波の気配は次第に収まり、いつのまにかアーケードを抜けていた。(続く)