2011年2月のアーカイブ

異界の現われとしての少女

 死の想念に取り憑かれた男の前に、しばしば鞠をつく7歳位の少女が現われては消えてゆく。死の不安に苛まれるたびに、自分にしか見えない「鞠をつく少女」の幻影が現われ、それは次第に男を精神的に追いつめてゆく。逃れても逃れてもその幻影が、たち現われるのだ。少女の表情は窺えず、いつも背中だけだ。或る日、男は夜間に高速道路を車で疾走するが、建設中の道路現場に遭遇して停車する。すると鞠をつく少女が、男の運転する車の前に現われるのだ。男は恐怖にかられてハンドルを工事中の柵のある方にきって、車ごと崖から墜落死してしまう。男が墜落した後、少女は鞠を抱えたままゆっくりと振り向く、口元に微笑をうかべて—。

これはフランス映画の「世にも不思議な物語」の7編のオムニバスの中の一編で、かなり以前に観たものだが、強く印象に残っている。男と少女の間に、なんの因果関係もなく、ただただ「顔の見えない鞠をつく少女」のイメージだけが、ひたすら怖い。最後の、大人でも子供でもない、あるいは悪魔にも天使にもみえる凍りつくような少女の微笑は、ずっと眼に焼き付いている。しかし少女は振り向かないほうが、もっと実存的に怖かっただろう。
 最初のシーンは確か階段(エスカレータだったかも知れない)から、鞠がゆっくり転げ落ちるシーンで、男はその時点で生の怖れに慄いていた。
—階段、鞠、少女—
 シンプルにして深淵な組合わせだ。階段は男の過去と未来、鞠は男の抱えている現在の状況、そして少女はそれらを超越的に司る存在、と象徴的に捉えてもいいだろう。男は決定的な下降として鞠を受け止めてしまったために、少女の存在を死の予兆としてしか感じられなくなるのだ。しかし少女にとって男の生死など、どうでもいいことだった。少女はただ異界のあらわれとして、男の眼前を通り過ぎただけだから。非情なのか、無邪気なのか。

             * * *

 異界の現われとしての少女—私がこの映画の「階段、鞠、少女」のイメージに強く惹かれてしまうのは、少年時代の一つの記憶と重なってしまうからだ。
 小学1年生の頃、私は地方都市(山梨県甲府市)の、市街を見渡せる高台の家に住んでいた。私は一人っ子で、両親とも高校教師をしていたのだが、ある日突然母が家を出てしまい、父との2人暮らしとなっていた。父の帰宅はいつも遅く、母の家出という現実から逃れたいためか、毎晩酔って帰ってきた。木造平屋建てだが部屋数は多く、天井の高いがらんとした部屋にひとりぽつねんと取り残されてしまうと、どうしていいのかわからなくなった。いつもテレビをつけっぱなしにして、その怖さとか寂しさをごまかしているうちに、寿司の折り詰め等をお土産にした父が帰ってくる、という日々が続いた。しかしある晩、父は、いつまでも帰ってこなかった。テレビ番組はとっくに終わっていて、どのチャンネルを回してみても、画面には白茶けた砂場の嵐が吹き抜けているだけだった。
 誤魔化しようのない孤独が押し寄せる。(その時、生まれて始めて孤独を知ったのかもしれない。テレビの砂嵐に、身ぐるみまみれてしまったのだから。それはひとりぼっちなのはあたりまえだとしても、そのひとりぼっちさを知ってくれる人が、まわりに誰もいないという恐怖に似た思いである)
 胸底から、引き攣るように泣きたくなって家を出た。裸足のまま坂を降りてくと、保険会社の寮となっている円形の建物があって、その前の小広場で鞠をついて遊んでいる少女を見たのだ。深夜の月光に照らされてそこは仄かに明るい場所だった。自分と同じ年恰好で、肩まで垂らした髪をゆさゆさ揺らして、襞襞のくっきりしたスカートをはいて、鞠をついては片足をあげ、鞠をついては片足をあげ、鞠をついては片足をあげ、鞠をついては片足をあげね鞠をついては片足をあげ・・・・・・・・・・・・・・・・。足をあげるたびに膝小僧と臑が交互にひかる。少女の動きには一定のリズムがあって、それを眺めているうちに、不思議と嗚咽する気分が鎮まってくるのだった。少女とお友達になりたい、と、その時強く思ったが少女は振り向いてはくれない。けれど少女の鞠をつく音だけが鮮明で、それは次第にパアンパアンと高鳴っていくようなのだ。
 あの鞠をもらおう、いや奪ってもいいから気付いてもらおう
 そう決意して歩き出そうとすると、少女は不意に鞠つきをやめて、小公園から山道に続く石段に向かった。そこは山林を切り開いて作られた幅1メートルほどの石段で、そのうえは鬱蒼とした樹林になっていて人家などはないのだ。けれど少女は、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、と、短い足音をたててその石段をかけのぼっていった。
 おそるおそる石段の前に佇んでみると、真っ暗闇の石段から、ほのかな光りを帯びた鞠が、ふわっふわっと転がってきたのだ。落ちるのではなく浮かぶように。それはゆるやかに転がりつつ私の身体をすり抜けていった。少女は消えて鞠の軌跡だけがこころに残った。

             *  *  *
 
 「異界の現われとしての少女」は、どこにいるのか。7歳の自分と現在とは、ひと続きである。
 今日、立川駅に降り立ち、なぜか特に用があるわけでもない高島屋に足を向けてしまった。そこには1階から8階まで吹き抜けになっている空間があり、階段(エスカレーター)は、それに沿って続いているからだ。
 立川高島屋は透明な断崖を抱えているデパートだ。このような場所でしか、異界から現われてくる少女に、出会えないだろう。1階から8階まで、エスカレーターでのぼってみるが、「異界」に誘う少女はいなかった。8階から1階まで、またエスカレーターで戻る。やはり少女はいなかった。しかし見上げると、天井にうごめいているものがある。赤い鞠が貼りついているのだ・・・。
 よく見るとそれは風船だった。そういえば駅前で配っていたっけ。手放した風船が、その天井までたどり着いたのだろう。

「異界の現われとしての少女」は、いつ振り向いてくれるのだろうか?

 

わが胸の奥津城(おくつき)

突然冬が終わってしまったような日。2月末なのに19度になるという。巡礼のように吹きめぐっているのは春一番か。心身の箍が不意にはずされたようで、浮き立つというより、身の置きどころを定められず、なにか危うい。うかうかしていると冷凍庫から常温に戻されたマグロのように、肉体の鮮度がどんどん落ちてしまいそうだ。そういえば昨夜、部屋隅を一冬を越えて成虫したゴキブリが、のそのそ這っているのを見かけた。基本的に殺生はしない主義だがゴキブリは別なので、叩くべき新聞紙とかを捜して丸めているうちに、本棚の奥に消えてしまった。あれは春の先触れだったのか。

 副業としてやっている大学生の作文指導の仕事が一段落したので、駅前に新しく出来たベーカリーカフェで、早目の昼食を摂る。150円のカマンベールパンと280円のアイスコーヒー、値付けが微妙だ。この手の店の基準としてはパンは30円安くコーヒーは30円高い。パンの廉価性をウリにするということか。外に面した部分は一面硝子張り、椅子席もゆったりして、せせこましさのないのがいい。カマンベールパンは中央にぎっしりチーズの塊りが押し込まれ、まわりを硬目のパンが囲っているというものだが、あまり芸がない。フランスパンにチーズを塗るのと変わりない。カマンベールは濃厚だが単純な素材なので、そこに「焼き」を入れるなら、ハーブとか香辛料を使用して特徴を出すべきなのだ。チーズの量も多すぎる・・・。なんとなく意地悪気分の客となりつつあるのを自覚しつつパンを噛む。けれど店内にパンを焼く香りが漂うのは悪くない。パンをちぎるたびに白い粉がほろほろ散って、ああ早春のパン屋さんという気分だ。アイスコーヒーはほどよい苦さと冷たさ、いい水を使っていてすっきりしている。
 硝子一枚を隔てて街路が広がる。駅が高架化されて再開発されたため、街路も真新しい。今日の陽射しのせいか行き交う人々の影も生まれたてにみえる。それにしてもこれらの人々は、どこからやって来て、どこへ去ろうとしているのか。森から来たのか、海から来たのか、草原から来たのか・・・。もちろん、そのへんから来て、そのへんに去るに過ぎないのだけれど、眼にみえない空間や時間を背負っている存在として、現実からいったん切り離されて街路に浮遊している。纏っている影が、地上数センチ、浮かびあがっているのだ。
 「わが胸の奥津城(おくつき)」という言葉が、ふと浮かんだ。翻訳詩の一節か、あるいは文芸書のタイトルにあったものだったか思い出せないが、その時の気分にぴったりだったのだ。胸の奥に絡んでいた思いが、外界と一致した感じだ。こころの奥で揺らぎ続けている幻を生きている、という気持ち。
 でも奥津城ってなんだっけ?
 家に戻って国語辞典で調べると、「お墓、墓所」とある。なんだよ。私は死んでもお墓はいらないという主義なので、胸の奥に墓石など建てたくはない。死んだら馬か鹿に転生するだけだ。気を取り直して古語辞典を引くと「奥まった場所に構えて作ってあるもの」「神や霊のおさまりしずまっている場所」とある。
これだ。現代風にいえばハイアーセルフ(高次の魂)の宿る場所だ。

 それが胸の奥で疼くように揺らいでいることを、ずっと前から自覚していた。
 現世に身の置き所なくふわっふわっと消えたくなる日々であれば「わが胸の奥津城」を、確かめてみるべきなのか。

雨ひと粒で世界が変わる

 乾燥しきった冬空から久しぶりに雨がぱらつき、それは半刻で止んでしまったが、屋根を打つ雨粒の音がしばらく続いた。すると空がすぐ晴れたので、雨は「あめあがりの気配」を運んだのだけなのか。空を磨くためにだけ降った雨だ。ここしばらく気分の沈む日々を過ごしていたので、少しずつ心の澱が溶け出しそうな気がした。この空の続きの空が眺めたくなって外に出た。そうだ、草土堤に行ってみよう。

 その草土堤とは、家から徒歩40分のところにある多摩湖自転車道から逸れて続く、200メートル程度の小道で、人がようやくすれ違う程度の幅しかなく、あっという間に尽きてしまうのだ。しかし、その小道分だけ地上から遊離して、右も左も草で覆われた急斜面となっている。この草の斜面を転げまわってみたいといつも思うのだけれど、着地点がみえないので我慢する。
 地上からほんの数メートル遊離しているだけなのに、この世にもあの世にも、あるいは現実にも夢にも、彼方にも今にも、どこにも属していない場所と思えてくる。(今の自分がそうであるように)往復しても十分以内で尽きてしまう道。
 エメラルドグリーンの風の通り道が、胸の中枢をくぐり貫いてゆく。「眼でみるのではない。眼を通じてみるのだ」という、ブレイクの言葉が翻る。見るとはこころの窓をひらくことなのか。道は途切れているのに彼方に続く道がみえ、眼前の風景の彼方に連なる眼に見えない街の彼方が、夥しい窓の透きとおった幾重もの木霊となって聴こえる。夕空の気配だ。

 夕陽が見知らぬ街並みの、無数の窓や扉や夢をノックしている。
 

コム手袋の破裂する日

 早春の気配を含んだ水皺が、西日の反照を受けて、心の内側まで漣だってくる。井の頭公園、午後4時、水辺のベンチに坐っている。自宅から自転車で小一時間はかかるが、時に訪れたくなるのだ。なんの意味もなく。意味とか、この世の価値に身の丈をあわせるとか、そんなものを一切無効にしたくなると公園までサイクリングしたくなるのだ。井の頭公園は、いつ来ても人々の賑わいとか活気が滲んでいて、それが季節の響と呼応している。特に水辺のベンチが好きだ。水を隔てて、多分この世では1回限りの出会いとしかならない人々の歩みを、ぼんやりと眺めていると、時間の流れの切なさが、ざわざわこみあげてくる。近くのベンチでは新生児をベンチに坐らせて、写真を撮っている夫婦がいる。嬰児にとって「生まれて初めてのベンチ」だ。まだセーラー服が似合いそうな若奥さんがケータイで「今日お渡ししたフィルムは空っぽでした。これから本物を撮るので少し待ってもらえませんか」と、写真屋に伝えている。どうやら新生児を写すつもりで、カラのシャッターを押し続けたらしい。すべて空っぽから始まるのですね。これから何十年も生きてゆくのは大変な事なんだ。「本物」だから。

 「あの、写真を撮るので隣のベンチに移ってもらいたいのですが?」
 不意に若いカメラマンに声をかけられる。彼とそのスタッフは新人タレントっぽいスチール写真を最前から撮っていて、私はついに目障りの対象となったらしい。この世の風景から追放されたようで、あまりいい気分ではないが、「オレのカナシミを撮ってくれ」と凄むわけにもいかないので、素直に席変えに応じる。ちらちら眺めると、スチール写真の対象は透きとおった芯をかんじさせる十七歳ぐらいの美少女だ。光影を乱反射させる小道具をなんというのだろう。丸っこい太鼓の膜のようなものが右往左往して、少女の全身が散乱反射して、井の頭公園の水面に溶け出し、シャッターの音だけが木霊する。身体は響となって水に溶け出すものなのか。
 「光体」という言葉が閃く。水に溶ける肉体と言葉の合体。早春の水皺にほろほろ交じりあう気配。

 公園の中央まで来ると、53歳の大道芸人が一世一代のパフォーマンスを繰り広げるところだった。トラック運転手、タクシードライバー、訪問販売の営業マン等、様々な職業を経て、ついに人生半ばにして辿りついた「幸福の青い鳥」が、大道芸人だったという口上が入る。彼の最後の見せ場は、家庭用のゴム手袋を呼吸によって破裂させるというものである。肺活力が、人生を変えたともいう。蘇生させたというべきか。ピンク色のゴム手袋が、まず一息によって、人頭の形までみるみる膨らみ、手袋の指が角のように残された姿となる。聴衆から思わず感嘆の声が和して洩れる。しかしそれを破裂まで持っていくのは並大抵の技ではない。しばらく息との格闘が続いた後、観客に合図を送り、5,4,3,2,1と声を合わせて、ゼロで本当にゴム手袋を破裂させるのだ。このゴム手袋はトリックではなく命がけのパフォーマンスであることが取り囲む人々に伝わるのでねおのずから大きな拍手が沸き起こるのである。
 それにしてもゴム手袋を息で破裂させるという発想と、それを職業化してしまうという生き方に茫然とさせられる。しかも人生半ばで、そういうライフを選択したのだ。フェリーニの名作「道」をどうしても連想してしまう。大道芸人ザンパノの芸は、裸体にまいた鎖を一瞬でほどくというもの。そのザンパノを慕って、つねにまとわりつく少女の魂を持ち続けるジェルソミーナ。「ザンパノ、ザンパノ」といつも呼び続けるのだ。しかしザンパノは、そんなジェルソミーナを旅の途上で見捨ててしまう。だが・・・、ラストシーンのやるせなさは、人間の孤独と愛がどういうものなのかを、裸形にしてしまうものなので、ここで改めて書く必要もないだろう。
 だから大道芸というのは、孤独と愛というモチーフを身体の動きで伝えるものなのかも知れない、とも思う。それなら自分もやってみたいのだが、家庭用ゴム手袋を角のように膨らませることは到底出来ないし、まして破裂させる肺活量を、これから蓄えることも困難をきわめる。細い風船を膨らませる自信も危うい。大道芸人として活躍する自分自身の明確なイメージを、どうしても持つことができない。帰り道、吉祥寺から家まで、さび付いた自転車のチェーンを漕ぎ回しつつ、大道芸人にはなれそうもない自分に気付いてみるしかなかった。

魚の眼に涙

冬空にたくさんの魚が散らばって青い飛沫をあげている。空から零れんばかり増えてゆく魚たち。みんなどこへ流離うつもりなのか。
 数日前から胸奥で流氷の軋む気配があって、その氷塊、永久に溶けない寂しさのカタマリのようなものは自分の業なので仕方がないが、軋み出すと少し危うい。いつもは抑制している現世離脱の思いが募ってくる。

 李白も西行も芭蕉も旅の途上で死んだ。野垂れ死の覚悟が出来ていた。
「千じゅと云ふ所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻の巷に離別の涙をそそぐ。
     行春や鳥啼き魚の眼に涙」(おくのほそ道)

 魚(うを)の眼の涙が、不意にありありと心に迸ってくる。「片雲の風に誘われて、漂白の思ひやまず」(芭蕉) もはやこの地を離れるべきや?いつもその事ばかりを考えているのだが・・・。

 わが額に時じくの雪ふるものは魚と呼ばれてあふるるイエス 山中智恵子

この歌は聖書の「マタイ福音書」第15章にある「イエスは群集に地に坐るように命じ、七つのパンと魚とを取り、感謝してこれを裂き、弟子たちに渡され、弟子たちはこれを群集にわけ与えた」を踏まえている。疲弊した数千の群集に、七つのパンとわずかな魚を裂いて、すべての人々に行き渡るように分配し、イエスの秘蹟として知られる有名な場面である。わずかな魚はイエスによって、あふれる命として蘇ったのである。そのイエスの無償の愛を雪として、魚と呼んであふれさせた一首は素晴らしい。イエスもまた旅人であったが「人類救済」という途方もない夢を実現するための巡礼者だった。

 いっせいに魚の眼が号泣する冬空、ここから果てしなく旅立っていくべきか。

青空の井戸

 青空の井戸よわが汲む夕あかり行く方を思へただ思へとや 山中智恵子

 そうか、青空は井戸だった。空とは様々な思いを汲みあげる場所。見上げるとは心の奥を汲みあげるということ。そうして漂泊の魂として何処をめざせばいいのですか?

 さくらばな陽に泡立つを見守りゐきこの遊星に人と生まれて 山中智恵子

 刹那刹那に触れあって発光するもののおののき、それさえ感じる魂を持っていれば、何とか生きていけますか。この遊星に生まれた独りとして。

 心のみあふれゆき街に扇選ぶ 光る彗星のやうに少年らすぎ 山中智恵子

 「光る彗星」なのかと少年少女を眺めていると、確かに発光しているのですよ。鉄棒やすべり台やジャングルジムから。

この世はときめきに始まりときめきに終わるのでしょうか?

 「雲は、たなびく帆のように、旅ゆく鶴のように羽ばたく。雲は神の空とあわれな地上とのあいだに、両界に属しながら、人間のあらゆる美しい比喩のように、また穢れた魂をきよらかな空にまつわりつける大地のように、ただよう。雲が天地のあわいに、ためらいがちに、強情にかかっているように、人間の魂も、現在と永遠のあいだに、架かっている」(ヘルマン・ヘッセ、青春彷徨より)

ヘッセと山中さんの精神の類縁性を思う。現在と永遠のあいだに架かっている雲のときめきだ。

三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや 
                              山中智恵子

三輪山は日の神、その背後からせりあがってくる月は、心に匿っていた本物の愛の影なのか。それを「月」と名付けたという。

「三輪山はどこにあるの?」

 「好きな人を本当に思いきり好きだと思える場所だよ」
「振り向いてもふりむいても、この世はほんのりとした薄明かりに包まれていたって、誰に告げればいいの?」
 「青空」

水の彼方、風の彼方

宇宙は150億年前に「無」から生まれ、真空自身がもつエネルギーによって急激に膨張してビッグバンとなった、と説明されるが同時に色や光、音は生じたんだろうか、という素朴な疑問を持ち続けている。

 家の近くに玉川上水が流れているので、毎日その遊歩道を歩くのだが、水底が眺められることは何となく嬉しい。水底には眼に見えない底がまだあって、
その水流のひびき、光りと影の泡立ちを眺めているうちに、飛沫を「うたかた」と呼ぶはかなさと、ときめきが、現身にさざめきあう。

 水底の底を求めて彷徨える玉川上水うたかたは鳴る、鳴る  雅人

 水を踏みしめるように土を踏みしめてゆく。まだ、この世から切り離されていない自分を確かめるように。何十年も生きているのに、まだ地上に馴染んでいるという感覚がない。いつも地上から数ミリ浮かんで生きてきた感じだ。

 いたずらにすがたかたちを変えてゆく水のひとつが私である、と 笹井宏之

 二十六歳で夭折した笹井さんの短歌が最近のお友達で、「水のひとつ」はどこにあるんだろうと、思っていた。生前、笹井さん本人には会ったことはないが、いつか会えるかも知れない、水底を眺め続けていれば。

 皿を抱くひとりのおんな きっともう戻れないところを泳いでいる
 あした死ぬかもしれないのにそれなのにどうして壁をのぼっているの
 栓抜きにゆびをとおして星が降るのを待っている翡翠少年
                               笹井宏之

毎日がレクイエムという気分なので、笹井さんの歌は胸に沁みる。この人は本質的に音楽的魂だ。水底のさらなる奥に流れている悲歌を知っている。誤って地上にまぎれこんでしまった魂なのか。
 翡翠少年がうっすらと纏っている悲しみの皮膜のようなものが、胸底にちらちら揺らめいてやまない。

 水には水の彼方があり、風には風の彼方がある。それを確かめたくて玉川上水を歩く。そのさざめきを身体で感じたいのだ。ビックバンの音と光と輝きを思い出すように。

翡翠とならむ

 雪が都心に降り始めた頃から、翡翠色をしたときめきが胸の奥に点火して、それはどこに着水するのか、どこから羽ばたこうとするのか、身じろぎもせず、眼を見開き、耳を澄ませていた。
 音や光りが、すぐ形になるとは限らない。それはただただ胸の奥で、薄緑色の種子として、仄かに淡い光りを零しているだけだ。その結晶体を不用意に人に告げてはならない。あたりまえの、あたりさわりのない言葉に曝されるだけだから。
 雪が生まれ雪が溶けるまでのひとときひとときに、その翡翠は明滅している。それはかけがえのない色と光りであり、この世にあってはかけがえのない人にしか届かないものなのだ。

 是非もなく雪降る夕べまた夜明け霏霏として降る 翡翠とならむ 雅人

雪の気配

  数日前の雪は、ひととき閃いて消えたプレリュードに過ぎなかったようだ。
 「積もる」という感じではないが、関東圏に雪の降る日が続く。やらねばならぬ事は山ほどあり、決着つかぬ事ばかりが日々増え続けているのだが、それらをすっぽり投げ出して、雪が降ればただそれにまみれたくなって、外出する。雪はまだ自分が雪であることに気付いたばかりで、幼児のようにはしゃいで風と戯れている。細かい粒子のままで風吹けば風の形のままに拭き流される。それを掻き分けるように歩いてみると風の彼方にまた雪が生れている。東京の雪は真っ白ではないという。北国の街では、雪は降れば降るほど純白を濃くするという。そうか、東京には「雪という気配」が降っているだけなのか。

 雪にふさわしいのは血、どちらもまっさらさらさらだから。雪が真っ赤でも血が真っ白でもいいじゃないか。雪にまみれると方位を失い、どこまでもどこまでも歩きたくなるだけさ。けれど何を掻き分け、どこに行こうとしているのか—-。

 純白と純血ほのかに交じりあひ東京は雪、雪とは血潮  雅人

 日が暮れると雪は雪とくっつきあって、次第に膨らみはじめていった。

光りの輪投げ

 2月10日なのに陽射しが妙に早春化している。
冬芽はその兆しをいちはやく受けとめるので、さきっぽが尖り、膨らむ気配をそこはかとなく漂わせている。清岡卓行はそれを「鋭がった乳首、跳ねない小魚」と表現したんだったけ。(詩集『固い芽』)しーんとした気配のなかで、ときめきだけが育っている。
 
 冬芽とか蕾とかを捜して歩いていると、つぎつぎに芽から芽へ、蕾から蕾へと光りの輪投げをしていて、その数珠繋ぎが、途方もない透明な輪の連鎖として蒼穹にさざめくようだ。
 
 鶯の群れが一斉に冬木立から飛び立ち、木の芽はそれぞれ鶯色の飛沫を浴びた—。(これは比喩ではなく、今日、実際に見た風景だ。鶯色の一群が、木立から地中に降りて餌を啄ばみ、ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ、と笹鳴きをしつつ、一斉に飛び立っていった。鶯は単独行動をする習性と思っていたので、初めてみる光景だった)

  もう一度子宮に戻って、生まれ変わろうととしてもいいじゃないか。

 そこから始められたら、恐いもんなしだね。

 光りの輪投げの途上の木の芽たち、蕾たちと囁きあう。