短歌の純響社

短歌時評 西巻真
わからないもの/確かなもの。―短歌誌投稿欄より


口が切れそうなグラスがさかさまにずっとならんで。世界がとおい 一戸詩帆


  一見、暗号のような言葉運びです。

 「口が切れそうな」は、完璧に磨きこまれたグラスの状態でしょうか。
   主体からは、ずらりと並ぶグラスの口が見えています。 「さかさまに」ということですから、グラスの足の部分をホールドして逆さに吊るしておく収納什器、そこにずらりと並べ掛けられたグラスの光景が浮かんできます。

  グラスの口が切れそうなほどシャープに見えるのは、そのようなグラスの状態であると同時に、主体が酔っていて、ぼんやりとしながらも局部的には神経が冴え、冷静に目の前のさまを捉えている……そんな、酔いが回っているとき独特の意識からくるものかもしれません。

  グラスにはありありとリアリティを感じられるのに、自身をめぐる状況に対しては半透明の膜がかかっているかのような感覚。それこそが酩酊であり、現実感のなさを「世界がとおい」と表しているのでしょう。

  この「世界の遠さ」のもうひとつの鍵は、主体の胸の内にいるだろう人物(おそらく異性)であるかもしれません。歌中にもうひとりの具体的な描写はありませんが、舞台がバーカウンター、主体が若い女性であるとき、ひとつの歌が詠まれた背景を想うと、相手は隣に座っているとも考えられます。

  自分の気持ち、相手の気持ち、不確かな関係性、あるいは恋のゆくえ。

  皮膜ごしに心の指を伸ばそうにも届くはずのない、捉えられない今、自身の「世界」のわからなさを、アルコールを介しグラスと対比させることで確かに捉えた一首です。

    * * *
※『短歌研究』2011年3月号・うたう☆クラブより

石畑由紀子 詩人、短歌詠み。1971年生まれ。
北海道詩人協会会員。
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