短歌の純響社

短歌時評 西巻真
額面の、その向こう―「題詠blog2010」鑑賞


昨晩も飲み明かしたる韓国の友達は聞く「お元気ですか?」  (マメ)


  母国語の違う親しい友から話しかけられた際の、言葉のおかしみが描かれ
ています。

  学習によってあとから習得した言語をつかう外国人と会話する際にはよくあ
ることで、この歌に登場する友もおそらく日本語会話のテキストにあるような丁
寧な言いまわしが身についているのでしょう。
  話者とはしばしば飲み明かすほどの仲でありながら、距離感や時空をはか
り損ねたかのようなすっとんきょうな挨拶をしています。

  けれどこの友は「お元気ですか?」という言葉の、額面どおりではないニュア
ンスを確かに抱いているはずで、主体もそれを感じとり、気持ちを嬉しくおもうと
同時にこのズレを楽しんでいるようにも受けとれます。

  ここで、ふと想うのです、では日本人同士ならどうなのだろう。
  友達、恋人、果たして母国語が同じ私たちが放つ言葉は、いつも相手にとっ
て適切な意味合いと距離感を持てているのだろうか、と。

  たとえば挨拶やメールの書きだし、歌中と同じ単語の「元気?」であったり、
「調子はどう?」「なにかあった?」など、相手をとらえコミュニケーションを欲する
こころの選んだ言葉が、こころのままに相手に届き、それが相手にとって少しも
違和感がないことなど、決して当然ではないのだという現実をおもいます。
  共通の言語感覚で生きているという思い込みから、互いを想像したり言葉に
歩み寄ることが疎かになってはいないか、と考えずにはいられません。

  これは歌そのものの景色からは少々外れた余談ですが、登場人物の背景と
心の動き、歌の味わいとは同じ地平にあるようにおもいます。

  言葉で人とコミットすることで、その感覚のズレ・景色のズレを否応なく覚える
瞬間があります。
  もちろん私たちはそのように、ひとりひとり背景の違うひとつきりの存在なの
ですが、それをひっくるめてある関係が心地よいとすれば、相手へのこうした想
像力や信頼感であるのかもしれません。
  お題である「元気」という言葉の意味合いを設定によって巧くズラすことで、差
異を越え他者とのつながりを楽しむさまが描かれた、軽妙かつ豊かな一首です。

            * * *
「題詠blog2010」お題「013:元気」より、印象深かった歌。
※「題詠blog2010」会場→ http://blog.goo.ne.jp/daieiblog2010

石畑由紀子 詩人、短歌詠み。1971年生まれ。
北海道詩人協会会員。


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